ところが、小児科のM医師は、こうした診断結果を突きつけられても、真摯に耳を傾け検討するどころか、こんな言葉を使って誹謗してきました。
「荒唐無稽を通り越してファンタジーである」
なぜ脳神経外科医の意見が“ファンタジー”なのか? その医学的なデータは、結局、示されることはありませんでした。
裁判所に提出済みの資料を「撤回」「排除」?
またM医師は、自身が裁判所に証拠として提出していた資料の誤りを反対尋問で指摘されると、弁護人の問いをたびたび遮り、質問の途中であるにもかかわらず、「いいですよ。じゃ、このスライドを撤回しても」「このスライドは排除していただいても全然かまわないですけど」と連発。開き直るような態度を見せていました。
山内さんは「専門家」であるM医師の意見に基づき、「揺さぶり虐待をした」と判断され、一審で有罪になっているのです。証言台での無責任な答弁に、傍聴席からはため息が漏れていました。
それだけではありません、M医師はほかにも、眼科に関する専門用語を「揺さぶられ症候群」の項目にある傷病名に置き換えたり、原典と異なって監訳された医学文献を恣意的に引用するなど、裁判所の事実認定を誤らせかねない不合理な断定をしていたことが分かっています。
CT画像の読影の誤りを指摘されたときには、こんな一幕もありました。
弁護人がM医師に、『今さら聞けない画像診断のキホン』という本の記載を指し示し、「それでも脳神経外科医の証言を否定するのですか?」と追及すると、M医師はこう答えたのです。
「それは、僕は経験がないですし、そこは判断できません」
警察や検察は、なぜ、脳に関する事案の判断を小児科のM医師に任せたのか。本来なら起訴する前の段階で脳神経外科医や放射線専門医の意見を仰ぐべきではなかったのか・・・。
高裁の証言台に立った脳神経外科医が、怒りを込めた口調で発したこの言葉が印象的でした。
「我々脳神経外科専門医は、あのCT写真の水平断を見ただけで、これは本当に激しい揺さぶりによって生じた頭蓋内出血、硬膜下血腫なのかな、という強い疑念がございます。それはたくさんの症例を見てきた専門家としての知識と経験でそのように申し上げるのです。決して教科書や論文だけで取ってきた知識ではございません」
「虐待」か、それとも「病気」か・・・。
山内さんと家族のこれからの人生を大きく左右する、極めて重大、かつ基本的な事実認定についてのこうしたやり取りを傍聴しながら、私はとてつもない恐ろしさを感じました。
SBS理論を「危うい」と断じた高裁裁判官
2019年10月25日、大阪高裁(村山浩昭裁判長)は、弁護側に立った脳神経外科医らの「外力によるものではなく内因性の出血の可能性が高い」という内容の証言を全面的に採用し、
「被害児の症状が外力によるものとすることもできないし、被告人と被害児の関係、経緯、体力等といった事情から、被告人が被害児に暴行を加えると推認できるような事情もない」
として、一審判決を破棄。実刑判決から一転、逆転無罪の判決を言い渡しました。
そして「SBSの3兆候」のひとつである急性硬膜下血腫の存在は確定できないとしたうえで、SBS理論そのものについても次のように警鐘を鳴らしました。
「SBS理論を単純に適用すると、機械的、画一的な事実認定を招き、結論として事実を誤認するおそれを生じさせかねない」
極めて異例の言及だといえるでしょう。