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 9月11日、オランダのハーグ地方裁判所は、後期認知症患者の安楽死をめぐる訴追事件に判決を下した。誰もが「起こってはならないことが起こった」と危惧した事件だったが、予想に反して「無罪」だった。この「無罪判決」は今後のオランダの安楽死の動きに影響を及ぼすだけでなく、日本を含めた世界中で、安楽死の是非を考える際の大きな論点を含んでいる。

 訴追された事件は、安楽死を望んでいた患者に対し、医師がいざ安楽死の執行をしようとしたときに、どの程度まで患者の最終的な意思確認が求められるか、が焦点になっている。事前指示書にサインしてから日数が経ち、患者の病態が変化していることもあるし、最後の最後で意思が変わることもある。あるいは、意思の表示が不可能になってしまった患者の場合、どうやってその最終的な意思を確認するかという問題もある。このように非常に細かいけれど、一人の人間の生死を決める上で決定的に重要な判断を、医師がどう下すのか――今回のオランダの事件は、まさしくその問題の複雑さを浮き彫りにした一件だった。

2016-85案件

 最初に、この事件、すなわち2016-85案件について少し解説しよう。

 2016年4月22日、ハーグにある介護施設で主治医である女医が後期認知症で意思表明不可能な74歳の患者を注射で安楽死させたという案件である。患者は、まだ判断能力があるとされた初期認知症の時に、「私が施設に入らなければならなくなったら安楽死させてほしい」と意思表明していた。しかるべき時が来たので医師がその要請に従って、睡眠導入剤としてコーヒーに鎮静剤を混ぜて飲ませ、患者に薬剤を注射しようとした瞬間に問題が起こった。腕に針を刺した際に、患者が手をひっこめるそぶりをしたのだ。

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 この手を引っ込めたという行動が、痛みに対してギョッとした反応からのものか、あるいは安楽死の拒否を意味したものなのか、この女医はその点を確認することなく、家族が患者を押さえて、安楽死を遂行し、患者を致死させたというケースである。