東日本大震災による大津波は、三陸から常磐沖のまさに津々浦々に及び、漁港、水産業、そして地域社会に甚大な被害をもたらした。

 私は宮城県石巻市の牡鹿半島にある小渕浜という集落を訪ねたが、入り江を囲う山の中腹まで津波が押し寄せたため、浜辺にある施設や住宅は、根こそぎ流され、防潮堤のコンクリート片が転がっていた。中腹の家も津波の直撃を受けたところは、窓や壁が破壊され、津波の威力を物語っていた。

 津波から逃れた家は、中腹以上にある家で、住民の多くはこうした家を避難所にして生活していた。私が訪ねた漁師の家も、ふだんは4人家族だが、18人の共同生活になっていた。

船や網を流された漁業者たち

 「逃げ遅れて亡くなった人たちもたくさんいる。私たちは地震のあと、すぐに沖に船を出しに行ったが、大きな津波が繰り返し何度も押し寄せるので、集落には帰れなかった。翌日になって帰った時には景色が一変して、違う浜に来たと思ったくらいだ。せっかく沖に係留した船も津波に流されて行方が分からなくなったのも多い。私の船は助かったが、港は沈降して水面下になったし、道路網も寸断されてしまったので、出荷するめどは立っていない」

 避難所となった家の漁師の話だ。確かに、この浜に入る半島沿いの道は土砂崩れで寸断されていた。そのため半島の裏側から山道を通って浜に向かった。孤立した限界集落を支援する地元のNPOに案内してもらったのだが、公的な支援物資も入りづらいところだった。こうした地域で漁業が復旧するには、相当の時間がかかると思った。

 この漁師は、すくい網漁で、イサダ(オキアミの一種)、コウナゴ(イカナゴの幼魚)、メロウド(イカナゴの成魚)などを獲っていて、幸運にも船も網も無事だった。しかし、船や網を流された漁師は多く、「高齢者がもう一度船を買うことはできないだろう」と言う。

 さらに深刻なのがカキ、ホヤ、ワカメ、ホタテ、ギンザケなどの養殖業を営む漁業者で、カキやホタテなどのイカダは、津波に流されたのか、どの浦からもすっかり姿を消してしまった。

 設備を買い直すだけでも数千万円の投資になるうえ、生育するまでには数年かかることから、ここでも廃業に追い込まれる漁業者が多いと思われる。