機械に言葉をしゃべらせて会話することは人類にとって長年の夢だった。いま、インターネットの普及とAI(人工知能)の進化によって、夢の扉が開こうとしている。実現すれば、私たちはどのような未来を手にすることができるのだろうか? 技術ジャーナリスト、ジェイムズ・ブラホスの新刊『アレクサvsシリ ボイスコンピューティングの未来』より、音声AIの功罪を含む近未来予測を3回にわけてお伝えする。第1回、第2回ではGAFAの覇権争い、音声検索の脆弱なプライバシー面を取り上げた。今回は音声AIが開く未来の可能性について。(JBpress)

(※)本稿は『アレクサvsシリ ボイスコンピューティングの未来』(ジェイムズ・ブラホス著、野中香方子訳、日経BP)の一部を抜粋・再編集したものです。

「バーチャル不死」の世界とは?

(第1回)GAFAの未来を振り回す小悪魔!「しゃべるAI」
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/56767

(第2回)こんなに危険!「音声検索」であなたの私生活は丸裸
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/56768

 いまのところ、コンピューターで人間を完全に複製するのは遠い夢だ。しかし、技術は「バーチャル不死」に向かって少しずつ前進し始めている。バーチャル不死とは、人が亡くなったあともデジタルのレプリカが生き続けることを指す。その探求は、対話型AI技術の中でも、もっとも興味をそそられる分野である一方、私たちをとても落ち着かない気分にさせる。

 私はそれを身をもって知った。

 父ががんの診断を受けたのは、2016年4月1日のことだった。その数日後、たまたま私は、「プルストリング社」が対話型エージェントをつくるソフトウェアを一般に公開することを知った。同社が対話型キャラクターをつくるのに使ってきたツールに、まもなく誰もがアクセスできるようになるのだ。

 それを知って、あるアイデアが頭に浮かんだ。その頃、父は次々に検査や治療を受けていたが、私はそのアイデアのことを誰にも話さなかった。それは、ダッドボット(お父さんボット)をつくることだ。それも、子ども向けのキャラクターを模したチャットボットではなく、私の父を模したチャットボットだ。

 録音の第一声は私だ。「さあ、始めよう」。朗らかにそう言ったものの、どことなくぎこちないのは、緊張しているからだ。続いて、少し重々しく父の名前を言う。「ジョン・ジェイムズ・ブラホス・・・」「殿を忘れるな」と別の声が割って入り、たちまち緊張が解ける。

 わざと仰々しくそう言ったのは父だ。私たちは両親の寝室で向かい合っている。父は肘掛け椅子に深々と腰掛け、私は机の前の椅子に座っている。何十年も前に、父のステーションワゴンでガレージのシャッターを突き破ったことを私が告白し、父が穏やかに許してくれたのも、この部屋だった。そして2016年5月のいま、父は80歳になり、私はICレコーダーを手にしている。