このように「安楽死」に対する議論が活発なヨーロッパで、また新しい動きがあった。日本の終末期医療の問題にもかかわる、また「ソフトな安楽死」としての「持続的な深い鎮静」の問題にも関わるニュースである。フランスで起きた「バンサン・ランベール事件」である。

フランスを騒然とさせたバンサン・ランベール事件

 10年以上、ほぼ植物状態にあるバンサン・ランベール氏(42歳)の生命維持装置が近く取り外されるとの連絡が家族に通知された、との報道がこの5月13日にあった。生命維持装置の取り外しを、ランベール氏の両親は望んでいない中での通知だ。

 AFPなどの一連の報道をまとめると以下のようである。

 2008年に、ランベール氏はオートバイの交通事故で脳に重度の障害を負い、ほぼ植物状態(遷延性意識障害)となった。彼の意識は最低限の意識状態で固定されていて、適切に飲み込むことができず、人工的に栄養を静脈内に注入している。

 2014年に、ランベール氏の担当医と妻や兄弟たちが、2005年成立のレオネッティ法(いわゆる「尊厳死法」)に基づき、水分補給や栄養の静脈投与の中止を決めた。

 しかし、カトリック教徒である両親やほかの兄弟たちは、ランベール氏には回復の可能性もあると主張し、一貫してこの決定に反対した。

 争いは法廷闘争となり、一審では生命維持停止を認めない判断が下されたが、フランスの最高行政裁判所である国務院は2014年6月、回復の見込みが全くない患者の治療を中止することは合法との判断を下した。ランベール氏の両親はこれを受け、欧州人権裁判所に訴えを起こした。

 欧州人権裁判所は2015年6月5日、植物状態にある男性の生命維持中止を認めたフランス裁判所の判決を支持する判断を下した。世間の関心は、いつ中止されるかに向けられたが、ランベール氏の両親の側の激しい抗議が続いた。ランベール氏を検察の手にひき渡し安全な場所で保護するために病院から誘拐するという考えまで飛びだし、世間を騒がせたりし、こう着状態がずっと続いた。

欧州人権裁、植物状態の男性の「死ぬ権利」認める

仏ランスで延命治療を受けるバンサン・ランベールさん(2015年6月3日撮影)。(c)AFP/COURTESY OF THE FAMILY〔AFPBB News

 2019年1月ついに、医師が水と栄養の静脈内投与の中止を決め、フランスの裁判所がこの決定を認め、国務院もこの決定を支持する判断を下した。そしてランベール氏の担当医が、「5月20日の週にランベール氏の生命維持装置を外す」と家族に告げたという。

 これに対して国連の「障害者の権利に関する委員会」が障害者の権利条約25条を盾に、栄養と水分補給が障害者であるランベール氏から取り除かれてはならないと、介入するなど反発も相次いだ。

 こうした中、ランベール氏の担当医らは、夫人や親族の意向を踏まえて、5月20日、ついに延命治療装置の停止に踏み切った。

 ところがその数時間後、パリの控訴院は、ランベール氏の生命を維持するため、「あらゆる措置を取るよう」命じたという。こうしてランベール氏への延命措置は再開されることになった。

 各機関の判断の違いにより、ランベール氏に対する措置が二転三転しているのだ。果たして植物状態となっているランベール氏の運命はどうなってしまうのか。事態は混迷を深めている。