しかし、そのエリアはトルコの国境と広く接していることから、トルコ軍も一部の監視所に展開していた。そのためロシアとトルコが昨年(2018年)9月、停戦に合意。一時はアサド政権とロシア軍による住民殺戮も比較的沈静化していた。
だが、アサド政権は過去にも停戦合意など守ったことがなく、停戦中に戦力の立て直しを進めると、4月下旬から再びロシア軍とともに、一方的な空爆を強化している。その猛攻に反体制派はさらに退却を強いられており、アサド政権は地上部隊も侵攻させている。その進撃もまた無差別砲撃を中心とするもので、住民の被害が急増している。
イドリブ県とその周辺の反体制派地域は、シリア全土でもアサド政権の支配が及ばない最後の自由なエリアだった。広い範囲で教条的なイスラム過激派が支配している地域もあるが、そうした地域でさえ、アサド政権にもイスラム過激派の支配にも反対する住民デモなどが行われていた。まさに最後の砦といえる地域だった。
そこにはシリア全土で順番に行われたアサド政権とロシア軍による徹底的な住民殺戮作戦で、それらの地域から撤退した反体制派兵士が集結している。7~9万人程度とみられる彼らには、もはや避難先はない。つまりアサド政権とロシア軍は、停戦のふりをした数カ月の間に態勢を整え、最後の殲滅戦を開始したわけである。
前述したように、もはや逃げ場のない反体制派は必死に防戦しているが、彼らを殲滅するため、アサド政権とロシア軍は、前述したような医療インフラなどへの攻撃を強化しているという流れである。したがって、このエリアでは残念ながら、今後もさらなる住民の大虐殺が予想される。
制圧エリアで続く住民の拘束
このように、シリアでは現在、北西部で凄まじい殺戮が進行中で、新たな避難民が大量発生している状況だが、それ以外の多くのエリアでは、反体制派が撤退してアサド政権が支配圏を確保したことで、住民への無差別空爆は停止された。
しかし、それらのエリアでも、難民・避難民の帰還は遅々として進んでいない。なぜなら、そういった地域では多くの住民が反体制デモに参加した経験があるため、誰もがアサド政権の報復を恐れているからだ。
実際、アサド政権は制圧したエリアで住民の拘束を続けており、多くの人々を刑務所に送っている。そこでは厳しい拷問が繰り返されており、裁判もない処刑が日常的に行われている。また、刑務所に送られなくとも、強制的に徴兵して反体制派との戦いの最前線に送りこまれている男子も多い。