選手として一時代を築いた緒方が、指導者生活を振り返り、まず口にした「戸惑い」。選手からコーチそして監督へ、同じ“プロ野球”でも、立場によって捉え方も視点も、考え方も異なる。そのときどきで緒方は自身を変化させながら適応していった。
パニックになりそうな1年目
―― 具体的にはどういったことを変えていく必要性があったのでしょうか。
緒方 悪い意味ではなく、自分の考え方だけを言い続けても、受け入れられないことは多々あります。理解してもらえないこともあるくらいです。それは選手に対してだけではありません。でも監督というのは、選手はもちろんファンの方や野球を知らない方にも発信しないといけない立場にある。
すべての人に受け入れてもらう必要はないのかもしれませんが、伝える立場にある以上は、それでも理解してもらわないといけないと思っています。話し方にしても、文章の作り方にしても、そのスキルが必要だと思ったので、監督をやるようになってから習いにも行きました。詳しくは言いませんが。
―― なるほど。それほどの違いがあった。
緒方 年齢を重ねたこともありますが、野球とはまったく違うことも(監督として)必要なことだと思いますしね。
―― ではその次の「コーチ」と「監督」の違いは何だったのでしょうか。
緒方 立場が変われば視野も変わるし、やることも新たに加わる・・・。まったく違うわけではありませんが、要求されることが全然違いますね。コーチから監督になった1年目は組織のマネジメントを意識しましたが、勉強することが多すぎてパニックになるような1年だったなと思います。難しいと感じましたが、それは今も変わりません。4年終わっても知らないこと、足りないと、感じるものはいろいろとあります。1日1日、気づきの連続で学ぶことばかりです。
「気づきの連続」という日々に背負向けず真っ向から立ち向かう。緒方のこの姿勢は現役時代から変わらないものだ。若き時代、猛練習でレギュラーの座をつかんだように、監督となっても努力を怠らない。
シーズン中は誰よりも早く球場入りし、試合後も監督室で映像をチェック。選手への指導はコーチに一任し、トレーナーなどの裏方に、選手の素顔や本音を探るなど、チームを俯瞰しながら全体を把握していく。「パニックになりそうな1年目」を経て、早々に常勝軍団を作り上げた。
―― 自分の方針をどのようにしてチームに浸透させたのでしょうか。
緒方 自分の野球観や考えを(監督である)自分だけが分かっていてもダメ。ではそれを直接選手に伝えるかと言えばしません。選手はそういったことを考えながらプレーなんてしませんから。選手は自分の成績のためにプレーするもの。それでいいんです。投手は1つのアウトをとるために、野手は1本のヒットのために、1つのゴロを取ることに集中しないといけない。だから自分の野球観はコーチであり、トレーナーであり、マネージャーにしっかりと伝えることにしました。
ただ、100%伝わっていなくてもいいと思っています。コーチたちも野球観を持っているし、持っていないといけませんから。
―― 実際、選手への指導はコーチに一任しているように見えます。
緒方 指導の部分は任せていますね。技術指導や選手との対話、コミュニケーションには口を出そうと思いません。コーチも指導方法まで(監督に)言われてしまうと、「自分の仕事は何だろう」と、何をやっていいか分からなくなるでしょう。僕自身のコーチ時代の経験から、監督がどういう野球をするのかが分かった上で技術指導をすることが大事だと感じていました。もちろんこちらから「こうしてくれ」と指示するときもありますよ。でも、対話のなかで自分の野球観や考えをいかに理解してもらうかがもっとも大事だと思っています。