(文:西野 智紀)
告白するが、筆者は数学が嫌いだ。大がつくほどに。中学時代は試験で平均点付近と、なんとかついて行けていたが、高校入学以後は赤点・追試続き。もううんざりだと、大学の進路ははやばやと私立文系で気持ちをかため、授業選択が可能となると数学・化学・物理は一切取らず、尻尾を巻いて逃げてしまった。そのコンプレックスと敗北感を引きずってか、今でも数式を見るとなにやら怖気立ってしまう。
こういう状態にもかかわらずこの本に食指が伸びたのは、勉強し直したいからというより、あのとき数学を面白いと思えていたらどんな人生になっただろうかと興味を覚えたためだ。そんな個人的な思いも相まって、少々おっかなびっくりな読書となった。
数学嫌いも拒まずぐいぐい導く力強さ
閑話休題、本書は1984年フランス生まれの若き数学者ミカエル・ロネーによる数学普及運動を書籍としてまとめた一冊だ。内容を一言で説明すると、1万年以上前から現代に至るまでの数学の発見や歩みを平易かつ親しみやすい文章で紹介した数学史である。数学好きだけでなく、数学の素養がない人や筆者のような数学嫌いも拒まずぐいぐい導く力強さが読みどころだ。ロネーはほかにも、YouTubeに人気チャンネルを持っていたり、ティーン向けの数学冒険小説を書いたりと、幅広く活動をしている。これらの功績が認められ、彼は2018年に数学の普及に努めた団体や個人に与えられる「ダランベール賞」を受賞している。
数学の産声は旧石器時代に遡る。打製石器の握斧は、いびつな形ではなく、二等辺三角形や卵形のように左右対称を意識して作られていた。つまり幾何学だ。さらに時代が進むと、土器に対称や回転、平行移動といった模様が表れ始める。これは前奏曲のようなもので、確実に数学の始まりと言えるのは紀元前3000年紀、羊の数を数えるのに、羊を表す印を頭数分書くのではなく、羊を表す印の後に頭数を示す印を書いたときと言われる。