定年退職すると、会社という「コミュニティ」を失うことになる。その後はどうすればいいのか?(写真はイメージ)

(秋山 美紀:慶應義塾大学 環境情報学部 教授)

 人生100年時代を迎えた今、退職後の約30年以上を、どこでどのように過ごすのか、どこに自分の拠りどころを見つけるのか、といった話題が、巷をにぎわしている。そうした中に、「人が生きていくためにはコミュニティが重要だ」とか「仕事以外に何らかのコミュニティに参加すべき」という主張が散見される。しかし、こうした主張に対して、押し付けられ感やプレッシャー、違和感を持っている人も少なくないようだ。

 筆者は「コミュニティ」と「健康」の関連を研究しているが、行政関係者も含めてコミュニティについては様々な混乱や誤解があるように感じている。そこで本稿では、改めて「コミュニティ」とは何なのか、今なぜその必要性が叫ばれているのか、我々はコミュニティをどう捉え、どう向き合ったらいいのかを考えたい。

コミュニティが見直されたきっかけ

 実は、コミュニティは、決して美しい存在ではない。共同体としてのコミュニティは、かつての農村社会のように、長きにわたり、個人を束縛し、異質なものを排除する、煩わしく窮屈なものだった。自治会や町内会は、第2次大戦中は「隣組」と呼ばれる相互監視の装置として働き、戦後1947年にGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)は自治会の廃止命令を出したほどだ。

 自由と個人化を望む人々から距離を置かれてきたコミュニティの価値が「良きもの」として再発見される契機となったのは、1995年の阪神淡路大震災だった。未曾有の震災直後、公的サービス不在のもとで、近隣住民が自発的に救助を行ったり、避難所や仮設住宅で自生的な自治が形成されたりと、協働し助け合う機能を持ったコミュニティの存在に多くの被災者が救われた。

 忘れてならないのは、これがインターネットの普及という情報環境の変化と呼応していることだ。よそ者が参戦できる情報基盤があってこそ、自発的なコミュニティが生まれ、それが力を発揮したとも言える。

 それから16年後の2011年3月、東日本大震災で日本全体が大きな喪失感を共有する中、「絆」や「つながり」の重要性が再認識された。被災者を支援しようというよそ者と被災した当事者がとつながり、1日も早い復興を願って活動するコミュニティが生まれた。この時は、LINEやFacebookなどのソーシャルメディアが地理的空間を超えたコミュニティづくりに一役買った。その中には自然発生的に生まれ、当面のミッションを終えて自然消滅していったコミュニティも数多くあった。