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ナイキの創業者フィル・ナイトの人生は「安定」とはほど遠い(写真はイメージ)

(文:内藤 順)

SHOE DOG(シュードッグ)―靴にすべてを。
作者:フィル・ナイト 翻訳:大田黒 奉之
出版社:東洋経済新報社
発売日:2017-10-27

「天才とは、蝶を追っていつのまにか山頂に登っている少年である」と語ったのは、アメリカの小説家ジョン・スタインベックである。ナイキの創業者フィル・ナイトの人生も、ある側面から眺めると、このように見えるのかもしれない。

 フィル・ナイトとビル・バウワーマンによってブルーリボン社が設立されたのは1964年のこと。日本のオニツカ(現・アシックス)から輸入したシューズの販売から始め、やがて販路を開拓した後には自らの会社でも生産を開始する。

 1971年に「ナイキ」の靴として販売するようになると、ワッフルトレーナーやAir Jordanといった数々のヒット商品を生み出し、世界的な企業へと躍進していく。そして今もなお、多くのアスリートやスポーツファンを熱狂させる存在であることに、疑いの余地はないだろう。

全編通して「走るか、死ぬか」

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 しかし本書『SHOE DOG 靴にすべてを。』は、成功者が華々しく駆け上がっていく軌跡を辿っただけの一冊ではない。むしろ成功者の人生から虚栄心を完全に剥ぎ取ったら、こう見えるのではないかというむき出しの姿が収められている。

 はたから見ると大成功に思えるようなことでも、本人の視界を通すと灰色のフィルターが掛かったように見える。成功者を外側から見た時の喧騒と、内側から見た時の孤独。この大いなるギャップを没入感たっぷりに体感できることこそ、本書の最大の醍醐味と言えるだろう。