サハリン沖で海底油田施設が沈没、死者・不明者50人超

ロシアの海底油田掘削用掘削リグ船「コリスカヤ(Kolskaya)」〔AFPBB News

ロシアはトルコのパイプラインを通じて原油を輸出している

 世の中には間違いだらけのロシア・エネルギー論やパイプライン談義が横行しており、権威ある学者や評論家が書いた本や記事の中にも間違いが多くあります。

 筆者は前回(2017年3月2日)で「間違いだらけのパイプライン談義」を発表しました。しかし、その後も間違いだらけのパイプライン談義がやむことはありません。

 本稿では前回と同じく、最近発表された旧ソ連邦諸国に関するエネルギー論やパイプライン(以後「P/L」)談義の実例をご紹介します。ただし、人の揚げ足を取ることや間違いを指摘することが目的ではありません。

 誤謬を正すことにより正しいエネルギー論とP/L像に迫りたいと考えます。

 今回は2つの実例を挙げます。最初はつい最近発刊された『世界が再び日本を見倣う日』という書籍。

 2つ目は3月22日に露日刊紙“Kommersant”に掲載された、日本側が策定したとされるサハリンから日本向け天然ガスP/L建設構想に関する“Feasibility Study”(企業化調査/以下“F/S”)関連記事です。

 なお、下記の文章を読まれて何が間違いか直ぐ分かる方には、この間違いだらけのパイプライン談義は不要です。

実例(1)(出所:『世界が再び日本を見倣う日』長谷川慶太朗著・PHP研究所/2017年3月24日刊)(120頁)

「これ(BTCパイプライン建設)に関わったのが(エクソンの)ティラーソン」
「もし、石油輸出ルートを確保していなければ、ロシア経済は崩壊していた可能性がある。トルコのパイプラインは、ロシアにとって重要な原油輸出ルートになっている」
「ロシアはトルコのパイプラインを通じて原油を輸出している」
「トルコ国内2000㎞の(BTC)パイプライン」

実例(2)(出所:2017年3月22日付け露日刊紙“コメルサント”電子版)

「日本側が策定した暫定事業化調査によれば、日本側部分の天然ガスP/L建設総工費は約60億ドル(約7000億円)、日露国境から東京までP/L総延長1500㎞、P/L年間輸送能力250億m3、P/L全面稼働2022年、ROE(自己資本利益率)20%以上。この天然ガスP/Lが完成すれば、現行LNG輸入価格の2.5分の1の価格で日本はガス輸入が可能になるだろう」

 エネルギー論とP/L談義は密接に関連しており、正しいエネルギー論議を可能にするためにはより正確なP/L談義が必要になります。もし本稿が、読者の皆様のより正確なエネルギー論やP/L談義の一助になれば幸甚です。

カスピ海周辺地域の原油・天然ガスP/L地図

 最初にカスピ海周辺地域の原油・天然ガスP/L地図を添付しますので、このP/L地図をご参照ください。

(*配信先のサイトでこの記事をお読みの方はこちらで本記事の図版をご覧いただけます。http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/49651

 アゼルバイジャンからジョージア(グルジア)経由トルコ向けには総延長1768㎞の原油P/L(通称“BTC”原油P/L)が稼働していますが、ロシアとトルコ間には陸地国境はなく、ロシアからトルコ向け原油P/Lは存在しません。

 また、ロシアから第三国経由トルコ向けの原油P/Lも存在しません(天然ガスP/Lは存在します)。

(出所:米EIA/通常、原油P/Lは緑色系、天然ガスP/Lは赤色系で表示します)

パイプライン建設構想の成立要件は?

 前回も述べましたが、パイプラインとは起点から終点まで物(資源)を輸送するインフラであり、私企業が長距離幹線P/L建設構想を検討する場合、下記3要件をまず検討する必要があります。

●何を輸送するのか?(原油・石油製品・天然ガス・水?)
●どこから~どこまで建設するのか?(供給源と需要家は存在するのか?)
●P/L建設費と運営費は回収可能か? (経済合理性は?)

 そのP/Lで何をどれだけ輸送するのかにより、使用される鋼管の鋼種・品質・口径・肉厚・輸送圧力などが決まります。

 また、私企業にとりP/L建設費と運営費が回収可能かどうかはP/L建設にあたって非常に重要な判断材料になりますが、実務に疎い学者や評論家のP/L談義には、往々にしてこの視点がすっぽりと欠けていることが多いのです。

BTC原油パイプラインとは?

 アゼルバイジャン共和国の首都バクー(B)からジョージアの首都トビリシ(T)経由、トルコの地中海沿岸ジェイハン(C)出荷基地まで、P/L口径42インチ(約1070㎜)、総延長1768㎞の原油P/Lが2005年5月に完工、2006年5月に全面稼働となりました。

 これが、3都市の頭文字を取って“BTC” パイプラインと呼ばれている原油P/Lです。1768㎞の内訳はアゼルバイジャン領内443㎞、ジョージア領内249㎞、残り1076㎞がトルコ領内です。

 カスピ海のアゼルバイジャン産原油はこのP/Lでトルコの地中海沿岸まで輸送され、ジェイハン出荷基地から世界中に輸出されています。

 このBTC原油P/Lプロジェクトに参加している権益参加者は以下の通りです。

英BP(30.1%)、アゼルバイジャン国営石油会社SOCAR(25.0%)、米Chevron(8.9%)、ノルウェーStatoil(8.71%)、トルコTPAO(6.53%)、仏Total(5%)、伊ENI(5%)、伊藤忠商事(3.4%)、伊藤忠石油開発(2.5%)、Inpex2.5%、インドONGC(2.36%)

 上記よりお分かりの通り、BTCプロジェクトには米エクソンモービルは参加していません。

 P/L全面稼働後の2006年6月4日、トルコのジェイハン出荷基地からタンカー第1船が出港しました。このP/Lが輸送している原油は上述の通り、アゼルバイジャン領海カスピ海ACG海洋鉱区の原油です。

 ACGのAはアゼリ鉱区、Cはチラグ鉱区、Gはグネシリ鉱区の3鉱区の頭文字です。このACG鉱区はあくまでアゼルバイジャン産原油ですが、BTC原油P/LはACG原油以外に、年間計400万~500万トンのカザフ産原油とトルクメン産原油も輸送しています。

 カザフスタンやトルクメニスタンからアゼルバイジャンまでの原油P/Lは現状存在しませんので、タンカーでカスピ海対岸のバクーまで輸送され、バクーでBTC原油P/Lに接続されジェイハンに輸送されています。

 このBTC原油P/Lの原油年間輸送能力は5000万トン(日量100万バレル)ですが、P/Lに添加物を注入することにより原油の粘度が下がり、ドロドロ原油がサラサラ原油になり、年間輸送能力は6000万トン(日量120万バレル)に増大します。