(文:澤畑 塁)
偉大な探検家にして傑出した博物学者。壮年の文豪ゲーテに再び情熱の火を点し、その著書によってダーウィンをビーグル号乗船へと促した男。ジェファーソン米大統領に「現代を代表する最高の科学者」と評され、当時のヨーロッパにおいてナポレオンに次いで知名度があったともいわれる人物。それが、アレクサンダー・フォン・フンボルトであり、この伝記『フンボルトの冒険 自然という<生命の網>の発明』の主人公である。
南北アメリカの調査旅行に欧州が熱狂
作者:アンドレア・ウルフ 翻訳:鍛原 多惠子
出版社:NHK出版
発売日:2017-01-26
フンボルトを一躍有名にしたのは、1799年から1804年にかけて行われた南北アメリカ大陸の調査旅行だ。フンボルトたちはその間、スペイン領だった現在のベネズエラ、コロンビア、エクアドル、ペルー、それからメキシコなどを探索し、最終的には建国30年足らずのアメリカ合衆国を訪問している。なかでも南米の奥地と山地は当時のヨーロッパにとってまさに秘境であったため、その地の報告はヨーロッパの人々を大いに熱狂させた。
その旅がいかに仰天すべきものであったか、それを示す例をいくつか挙げよう。1804年にヨーロッパへ帰還した際、フンボルトの一行は6万個の押し葉標本を持ち帰っている。そして、6000種あったその標本のうち、なんと2000種がヨーロッパではまだ知られていないものであった。18世紀末までに知られていた種がおよそ6000であったことを考えれば、その数字がいかに並外れたものであったかがよくわかるだろう。