素朴な疑問
米海軍のトップである海軍作戦部長ジョン・リチャードソン大将は、ザ・ナショナル・インタレスト(The National Interest)に投稿した小論文“Deconstructing A2AD”(「A2ADを解体する」)において、今後米海軍においてA2ADという用語を使用しないと発表した。
米海軍関係者のみならず世界中の安全保障専門家はこの発表に驚いたと思う。米海軍大学の教授との接触が増えてきた私にとっても驚きであった。
なお、リチャードソン大将は、ワシントン所在のシンクタンクCSIS(戦略国際問題研究所)などでも同内容の講演を行っていて、YouTubeで視聴できる。
米海軍は、従来、中国人民解放軍のA2ADに対抗する作戦構想であるエア・シー・バトル(ASB:Air Sea Battle)を説明する際に、A2ADという用語を頻繁に使用してきた。
私もまたA2ADを頻繁に使用してきた。なぜなら、A2ADは非常に使い勝手の良い用語で、人民解放軍の脅威を素人にも分かりやすく表現できるし、A2ADに対抗する作戦構想も説明しやすいからである。
作戦部長の主張に初めて接した時の私の素朴な疑問は以下の通りであった。
・なぜ、作戦部長はこの使い勝手の良い用語の使用禁止をNational Interestで発表したのか? 世界中に展開する米海軍に徹底したかったのか。米海軍のみならず、世界中に周知したかったのか? 何か深い深慮遠謀があるのか?
・A2ADの使用禁止を一番喜んでいるのは誰か? 最大の受益者は中国ではないのか? 従来、A2ADに関係する国家として米国が指摘してきたのは中国、ロシア、イランである。特に人民解放軍はA2ADの代名詞であった。作戦部長は、A2ADを禁止することにより、対外的に強圧的な姿勢を堅持する中国にいかに対処しようとしているのか?
・A2ADは、米海軍の戦略・作戦構想・戦術、兵器の開発・取得、教育訓練、実際のオペレーションを説明する際のキーワードであった。作戦部長は、A2ADの代わりとなる用語を何も提示していないが、米海軍の現場において混乱はないのか? 代替案をしっかり提案してからA2ADの使用禁止を宣言すべきではなかったのか?
・A2ADは、我が国の南西諸島防衛を考える際にもキーワードであり、米海軍の戦略家たちは、A2ADを使用して日米共同の作戦を考察してきた経緯がある。日米共同にも大きな影響があるが、同盟国とよく調整をしてA2AD使用禁止令を発表したのか?
・米海軍の大きな変革の前触れとしてA2AD使用禁止令を出したのか?
以上のような素朴な疑問を持ったので、その真意を追求してみた。