中国に、「ゴマを拾ってスイカを捨てる」という言葉がある。1玉のスイカと1粒のゴマのどちらかを選ばなければならない時、ゴマを選んでしまう。つまり、何が大切なのか、ものごとの判断がきちんとできないことを指す。日本ならばさしずめ、「イワシを選んで、マグロを捨てる」というところだろうか。

 日本の政治家は、この何かを「選ぶ」という決断ができないようだ。戦略を決断する際、二者択一の選択なのに、なぜか2つとも選ぼうとする。

ASEANで日本離れが進むのはなぜか

 近年、東アジアにおける日本の立場はますます微妙になってきている。なぜならば、中国はASEANと自由貿易協定(FTA)を結んだのに対して、日本は国内の農業市場の開放に躊躇し、ASEANとのFTAを結ぶチャンスを逸してしまったからだ。ASEANは長年、日本から政府開発援助(ODA)など経済援助を受けてきたにもかかわらず、日本離れが進んでいる。

 ようやく前原誠司外務大臣はタブーを犯して、「GDPの1.5%未満しかない1次産業の農業を守るために、残り98.5%のかなりの部分が犠牲になっている」と講演で述べた。まったく正しい見解である。

 しかし、農林族議員はそれに猛烈に反対し、批判している。その理屈は、「少数だから切り捨てるというのはけしからん」というのである。

 結局は、何も失いたくなければ、得るものも少ない。ビジネスの世界でも同じである。

 最近、日本で中国ビジネスに関する講演を行うと、決まってチャイナリスクに関する質問が出てくる。リスクをマネジメントすることはもちろん重要だが、リスクに見合った収益が得られるのならば、そこでビジネスの決断をすべきである。リスクをゼロに抑えることは非現実的である。

 こうした優柔不断な政治によって、日本の外交は大きく迷走している。かつてのASEAN経済にとって、確かに日本のODAは大きな影響力を持っていた。しかし、今、ASEAN経済はすでに離陸し、必要としているのはマーケットである。

 なぜならば、ASEAN諸国はそれぞれが小さなマーケットしか持っていない。それゆえASEANは共通市場を構築している。しかし、日本はASEANと共通市場を構築することについて、国内のコンセンサスが得られていない。

 何よりも「KY(空気が読めない)」だったのは、小泉純一郎元総理の時代、「米国との関係を良好に維持できれば、アジア諸国との関係も自ずと良くなる」と発言したことだ。2001年の「9.11事件」以降、ASEANでは反米感情が高まりつつあった。こうした発言がASEANでどのように受け止められるか、常識的に考えれば分かる話のはずだ。