私たちには高度な理性と判断力が備わっているが、しかし古典的な市場経済モデルが仮定する“完全な合理性”を持ち合わせてはいない。
この不完全な合理性の下で、私たちはどうすれば、よりよい社会を築くことができるだろうか。
今回は、この難問に挑んだ2人の天才が、どのような答えにたどりついたかを紹介しよう。
2人の天才 サイモンとハイト
1人目は、「経済組織内における意思決定過程に関する一連の研究」によって1978年にノーベル経済学賞を受賞したハーバート・サイモン(1916年ー2001年)だ。彼は、組織・市場などの社会システムを動かす人間の意思決定について考え続け、3つの点で時代に先駆けた結論に到達した。
第1に、私たちの理性は不完全なものであり、古典的な市場経済モデルが仮定するような全知全能性を持ち合わせていない。第2に、理性を補う直観は合理的な意思決定に役立つものである。そして第3に、私たちには利他性があり、市場経済モデルが仮定するように利己的な利益ばかり追求しているわけではない。
しかしサイモンの聡明な頭脳をもってしても、理性と直観、利己性と利他性の関係は、未解決の問題として残された。
2人目は、道徳基盤理論によって道徳についての理解を刷新した社会心理学者、ジョナサン・ハイト(1963年ー)だ。彼は理性と直観について「象と象使い」という巧みな比喩を考案し、理性と直観による意思決定の関係を極めて明快に説明してみせた。
さらに、聖書、コーラン、仏典、論語など、東西の「偉大なる思想」を比較し、“道徳的判断”という一見非合理的な意思決定の背後にある心の基盤について、合理的な説明の体系を築いた。
サイモンが、「社会システムをいかに合理的に機能させるか」に関心を抱き、人間の心理を研究したのに対して、ハイトの関心は、「社会的対立や人間の不安をいかに緩和し、人々の協力や幸福感をいかに引き出すか」という点にある。しかしハイトの研究成果は、社会システムをうまく機能させる上でも、重要な手がかりを与えてくれる。
組織論の大家、ハーバート・サイモン
サイモンは企業などの組織を研究対象に選び、組織がその目標達成のために必要な意思決定を効率よく行うには、どうすれば良いかという問題に挑んだ。
1947年に出版された『Administrative Behavior』は、組織論の名著として版を重ね、現在もなお企業人を中心に広く読まれている(邦訳:『経営行動─経営組織における意思決定過程の研究』、ダイヤモンド社、1965年、新版2009年)。