これで景気は回復し、デフレも止まった。これはケインズが1936年に『一般理論』で財政政策を提唱するより早く、高橋が「日本のケインズ」と呼ばれる所以だが、彼は均衡財政主義者であり、総予算は増えたが、軍事費を除く予算は33年以降は減少した。

 日銀が国債を引き受けたのは世界恐慌で銀行に国債を買う体力がなかったからで、景気が落ち着くと国債を市中に売却した。しかし35年ごろには市中消化は滞り、高橋は国債の発行を減らそうとした。これが軍部の反発を招き、彼は二・二六事件で暗殺された。

「GDP600兆円」を実現するヘリコプターマネー

 いま起こっている出来事は、気味が悪いほど当時に似ている。日銀の黒田総裁は「デフレ脱却」をめざして国債を大量に買い、今ではその保有高は300兆円を超えた。これは国債の残高800兆円の4割近く、実質的な財政ファイナンスといってよい。形の上では市中銀行を通すが、すぐ日銀が買い取るケースも多い。

 このようにいくら財政赤字が増えても、日銀が「輪転機ぐるぐる」で日銀券を発行して買い取ってくれるので、安倍首相は増税を何度も延期し、大型の補正予算を組んで、2020年度までに「名目GDP600兆円」をめざす「骨太の方針」を決めた。

 今のGDPは約500兆円だから、あと5年でGDPを100兆円も増やすには、毎年4%も成長しなければならない。この10年の平均成長率もインフレ率もほぼ0%の日本経済が、どうすれば突然4%の高度成長を実現できるのだろうか?

 1つの方法は、5年間で100兆円の財政支出を行なうことだ。今年すでに10~20兆円の補正予算が検討されているが、この調子で毎年20兆円ずつ補正予算を組めば、GDPは民間支出と政府支出の合計なので、5年でGDPが100兆円増えることは(乗数効果を1としても)確実だ。

 もう1つの方法は、5年間で20%のインフレを起こすことだ。名目GDPは実質GDP+物価上昇だから、100兆円の政府支出で発行される国債をすべて日銀が引き受ければ、激しいインフレが起こるだろう。日銀引き受けは財政法で禁止されているが、国会が決議すればできる。

 これをヘリコプターマネーと呼び、アデア・ターナー(元イギリス金融サービス機構長官)が昨年、IMF(国際通貨基金)で提案して反響を呼んだ。

 ヘリコプターで空から全国民にカネをばらまくようなものなのでこう呼ばれているが、100兆円の補正予算でもよく、消費税をゼロにしてもいい。その財源は国債を発行し、日銀が引き受ければいくらでも調達できる――そんなうまい話があるだろうか?