「謝罪」を「核廃絶」にすり替えた高等戦術
米国内は、バラク・オバマ大統領の広島訪問前には原爆投下について「謝罪するか」「謝罪しないか」で喧々諤々だった。ホワイトハウスは躍起になって「謝罪せず」を強調した。
終わってみれば、日本人の多くは「非核世界に誘う伝道師のメッセージ」「戦争という愚行を繰り返す人類の絶望的な運命を綴った一大叙事詩」と褒めちぎった。
一方、米国内でも識者の中には「これまでのオバマ演説の中で最も重要な演説」と一定の評価をするものも現れた。訪問に反対していた退役軍人団体は無視した。
騒ぎを大きくするかと思ったドナルド・トランプ共和党大統領候補(事実上)も「謝罪さえしなけりゃ、誰が問題にするか」と吐き捨てるように言った。
むろん日米双方、特に反核活動家は、「核軍縮に向けての具体的提案がなかった」と批判した。
歯に衣着せぬ一米文化人類学者のコメント
一夜明けて冷静になったところで、日米関係に詳しい米国人文化人類学者は筆者にこうコメントしている。諸般の事情があるのだろう、これまで日米双方の識者たちが触れていない点を鋭く指摘している。
「元々、演説の巧さで政界でのし上がってきたオバマだし、広島訪問を決めた時点から綿密な準備をしてきたはずだ。草案を書いたスピーチライター(ベン・ローズ大統領副補佐官=39)とは2007年以来の仲。オバマ大統領にとってはまさに「アルター・エゴ」(一心同体)的存在だ」
「演説の草稿に際しては、彼は日本人が聞きたい事柄を在日米大使館経由で丹念に集めたらしい。演説の中に日本人の琴線に触れる表現を散りばめた」
「言葉では謝罪せずに謝罪を以心伝心で日本人に伝える。特に日本政府サイドから日本人は謝罪を必要としていないという言質を取っていたことも重要なポイントだった」
「これは日本人の国民性であることをオバマ大統領は肌で感じていたのではないか。黒人の父親、白人の母親を持ち、子供の頃にはハワイでも暮らしている。日系人との付き合いもあったに違いない」
「原爆を開発製造したのは白人、原爆投下を決定したのも白人、実際に投下したのも白人。黒人は1人として関わり合いを持っていないかった。オバマが白人の大統領だったら広島に訪問しただろうか」
「広島演説のポイントは、米大統領が原爆を投下したことへの日本国民への謝罪をせずに死者と被害者に謝罪の意を示すという難題をどう盛り込むかだった」
「大統領とスピーチライターは、この難題を核兵器廃絶への願望に巧みにすり替えることで、受け手(日本国民)には米大統領の謝罪だ、と受け止めさせ、米国民に対しては、あくまでも謝罪ではなく、核兵器廃絶への決意だ、と受け止めさせた」
「その理論構成を貫くことで、オバマ大統領は残りの任期の間に何とか成就させたいレガシー(遺産)作りに成功したのだ」