カトマンズの路地裏(写真はイメージ)

 今の書店に転職する前、僕はタイで2週間ほど一人旅をした。特に行きたいところがあったわけではないけど、なんとなく。初日に、超有名な観光スポットである「王宮」に行き、それ以降、観光地を回るのは止めた。たくさんの観光客が写真を撮っている姿が視界に入るだけで、別に面白くもないからだ。

 だから1日5組ぐらいしか観光客とすれ違わないような、一般のタイ人が住んでいる町をウロウロし続けた。

 なんの臭いなのか分からない異臭が蔓延するボロボロの市場の連なりを奥まで進み、観光客用の英語の表記がないような屋台で飯を食い、鶏が放し飼いにされている、真っ直ぐ伸びた国鉄の線路沿いに立ち並ぶバラックの脇を通り抜けたりした。

 そういう場所を一人で歩いている時の“異邦人感”が、とても好きだった。僕にとってはまるで見慣れない光景なのに、ここでは僕だけが異分子なのだ。その不思議な感覚は、日本ではなかなか味わえない。

 そういう感覚を、日本にいながらにして味わわせてくれる3作品を紹介します。

2001年ネパール王族殺害事件を題材にした衝撃作

王とサーカス』(米澤穂信著、東京創元社)

『王とサーカス』(米澤穂信著、東京創元社、1700円、税別)

 太刀洗万智は、新聞社を辞め、フリーの記者としてネパールのカトマンズに向かった。雑誌の特集までにはまだ余裕があり、気分転換の旅行も兼ねた出立だった。安宿で出会った旅行者や日本人僧侶や現地の少年などと関わりながら、少しずつカトマンズに馴染んでいく。

 そんな時、王宮で大事件が発生した。皇太子が親族の夕食会で銃を乱射。国王や王妃を含む多数の人間が死亡するという衝撃的な出来事だ。

 万智は雑誌社と連絡を取り合い、この事件の取材を手掛けることになった。長く記者を続けてきたが、外国での取材は初めてだ。なかなか勝手が分からず、情報も制限され、カメラの機能も十分ではない。しかし、やるしかない。

 取材を続けていく中で万智は、有力な情報提供者と接触する。宿の女主人の紹介で、王宮の警備をしている軍人と接触できることになったのだが・・・。