医療の世界では、ここ20年ほどの大きな潮流として「根拠に基づく医療」(EBM:Evidence Based Medicine)が広がっている。医師の個人的経験や権威づけに頼るのでなく、科学的根拠をもって治療法を選ぶという考え方だ。
「科学的根拠に基づくのは当たり前のことではないか」と思われる読者も多いかもしれない。しかし、今までの医療は、往々にして医師の個人的な経験や勘に頼って治療が行われてきたのだ。
EBMの広がりによって、医療の世界では様々な変化が起きている。中でも大きな変化として、次の2つが挙げられる。
第1に、病気治療の「常識」が大きく変化する可能性が出てきた点である。病気の治療法が科学的に検証されるようになったことで、これまで行われていた治療法が見直されるようになったことだ。
第2に、医師の処方に対して、製薬メーカーの役割と影響力が大きくなっている点だ。
治療法の根拠となるデータを得るには、大勢の患者に薬を投与して、その効き目を偽薬(プラセボ:見かけは同じでも薬の成分のまったくない物質)と比較する「介入試験」や、一般住民の健康調査などを行い、そのあと何十年間も追跡し、その間に発病する特定の病気の原因をさかのぼって明らかにする「コホート疫学調査」などがある。
この臨床試験や疫学調査を、一体誰が実施しているのか。実は、主に製薬メーカーがその役割を担っている。
例えば製薬メーカーがある新薬を開発したとする。臨床試験では、その薬の効果や安全性を試してほしいと医師に依頼し、協力を得られた患者に新薬を使ってもらう。そうして得られたデータは、医師にとっては治療法選択の判断材料となる。同時に、製薬メーカーにとっては自社の薬を販売する際の格好の宣伝材料にもなる。
しかし、この構造には問題がある。言うまでもなく製薬メーカーは自社の薬を売ることで経営を成り立たせている。その製薬メーカーが、自社の薬の効果を調べる主体者となるのだ。「自分たちが売りたい薬の効き目を、公平に評価することができるのか」という批判の声が上がるのは当然だろう。
「臨床研究の適正な評価」を訴える桑島医師
EBMの重要性が叫ばれる昨今、病気治療の常識はどのように変化しているのか。また、製薬メーカーの役割と影響力が大きくなる中で、治療法の適正な「根拠づくり」がなされているのか。
そうした疑問を、東京都健康長寿医療センター副院長の桑島巌医師にぶつけてみた。