1999年、2007年には、高濃度のω3脂肪酸を心筋梗塞の経験者や、高コレステロール血症の患者に投与すると、心臓の機能や血管の機能が改善したことが報告され、「イヌイットの人々が急性心不全になりにくいこと」が裏付けられる形となった。

 ω6脂肪酸のアラキドン酸が代謝されると、炎症を促進する働きを持つ物質や、血液凝固作用のある物質が生成される。ω3脂肪酸のEPAはこれらが生成されるのを阻害することで、炎症を抑制し、血も固まりにくくすると考えられている。

「EPAにはこうした“間接的な”緩和作用があるというのが長年、中心にあった考え方です。これも重要な作用の1つであることに違いはありませんが、他にも、もっと直接的な働きがあるのではないかと思ったのです」

代謝のブラックボックスに迫る

有田 誠 氏。理化学研究所 統合生命医科学研究センター 統合計測・モデリング研究部門 メタボローム研究チーム リーダー。薬学博士。東京大学大学院薬学系研究科修了後、米国ハーバード大学医学大学院インストラクター、東京大学大学院薬学系研究科准教授を経て 2014年から現職。横浜市立大学大学院生命医科学研究科分子エピゲノム科学研究室客員教授を併任。

 「私たちが“何かを食べて体に効いている”というのは『食べたもの』と、その『結果』だけを見ていて、その過程はブラックボックスです。入口と出口しか見えないのです」と有田氏は言う。

 では、ω3脂肪酸に機能性のある代謝物があるとしたら、どんな物質なのか。そして、その物質はどのように機能するのか。こうしたメカニズムを分子レベルで解明するには、従来の研究の問題点もいえる2つの壁があった。

 1つめの課題は「外部からω3脂肪酸を投与する実験の精度や再現性の問題」。もう1つは「代謝の全体像を把握できていなかったこと」だ。そして有田氏にはこれらを克服する2つの“武器”があった。

ω3脂肪酸を体内で作れるマウス

 まず、実験精度や再現性の問題だが、ω3脂肪酸の効果を検証するために、数多く行われてきた実験は「食べたらどうなるか」または「投与したらどうなるか」をみるものだった。

 例えば、コーン油と魚の油、それぞれを含んだ餌をマウスに食べさせて比較する場合、「魚の油」といっても、世界中の研究室で同じものを使っているわけではない。ω3脂肪酸の純度が均一でなければ、不純物の影響も否めなくなる。第一、油は酸化しやすく、化学的に変質している可能性もある。

 これではω3脂肪酸とω6脂肪酸のバランスを人為的にコントロールすることは難しく、「ω3脂肪酸の効果」を示すには、それ以外の影響因子となりうるものを排除する必要があった。

 そこに登場したのが、ω3脂肪酸を合成できる線虫のfat-1遺伝子を組み込んだ「fat-1マウス」だ。