分刻みのスケジュールに追われ、連日の残業続き──そんなサラリーマンなら、誰でも一度や二度は「晴耕雨読の生活をしたい」「田舎で農業でもやろうか」と思ったことがあるだろう。

 今、英国で静かなブームとなっているヌド社のオーガニックオリーブオイルは、まさに、時間に追われていた元テレビプロデューサーが仕事を辞め、憧れの「田舎で農業」の生活に飛び込み、こだわりぬいて作った商品だ。

 しかし、都会人にとって、田舎の暮らしはそんなに甘くなかった。元プロデューサーがたどりついた、都会と田舎を結ぶ新しい暮らし方とは・・・。

分刻みの生活を逃れ、オリーブ園を購入

テレビプロデューサーから転身、有機オリーブオイルの生産に乗り出したジェイソン・ギブさんとキャシー・ロジャーズさん
(写真・ヌド社提供、以下同)

 ロンドンに住むジェイソン・ギブさん(38)とキャシー・ロジャーズさん(42)カップルが創業したヌド社は、イタリア半島中部のマルケ州のオリーブ農家を経営、周辺の農家とも契約して、ロンドンの高級百貨店や通信販売でイギリスやアメリカを中心にオーガニックオリーブオイルを販売している。

 マルケ州は、ベニスから370キロほど南のイタリア東海岸側に位置する。世界屈指のワインの名醸地として知られるトスカーナ州に隣接する農業地帯であり、史跡や温泉などの観光スポットも多く、新鮮な海の幸と山の幸をたっぷり使った郷土料理が美味しいイタリアの魅力を凝縮したような地域だ。

 キャシーさんは、英公共放送のBBCで報道番組や教養番組の制作に携わったあと、番組制作会社のRDFメディアに転職。そこで、同じくプロデューサーとして活躍していたジェイソンさんに出会った。ジェイソンさんは海洋学博士号を持ち、得意分野を活かした報道やドキュメンタリー番組に携わっていた。

 分単位で時間に追われる多忙な毎日の中で、2人の楽しみと言えば、取材の合間を縫っての食べ歩きと、お気に入りの料理を自宅で再現することだった。夏のバカンスには、天候不順で雨が多い英国を離れて、太陽が降り注ぐイタリアの田舎町で過ごすのが常だった。

 テレビの仕事は刺激的で、2人は順調にキャリアを重ねてはいたが、毎夏、イタリアを訪問するたびに、「時間に追われる生活はもう終わりにして、自然の中で生活したい」「自家製のワインやオリーブオイルがキッチンに並ぶ暮らしが理想」──という思いが募っていった。

 2人は、ついに2003年にマルケ州の小さな村ロロ・ピチェーノにオリーブ園(オリーブの木989本)を19万英ポンド(約2451万円・1ポンド=129円で換算)で購入。ジェイソンさんは、プロデューサーの仕事を辞めてさっそく農園の整備に取り掛かり、剪定や土壌改良のために、さらに13万ポンド(約1677万円)を投資した。

憧れの田舎暮らしは苦労の連続

オリーブを収穫中のジェイソンさん

 2004年に村に家を買って徐々に生活の比重をイタリアに移し、2005年には、娘の誕生をきっかけにキャシーさんも仕事を辞めて家族3人で本格的にロロ・ピチェーノでの生活をスタートさせ、ヌド社を設立した。

 「nudo=ヌド」は英語のnudeにあたるイタリア語で真っ裸の意味。もともと、ジェイソンさんはベジタリアンで、新鮮で安全な食材に強い関心があったので、農薬や化学肥料を使わない「素材そのまんま」に徹底的にこだわろう──という決意をこめた命名だった。

 「農薬や化学肥料に頼らずに有機栽培するということは、収穫量が大きく減ってしまうということ。手間もかかるし、コストもかかる。安さで競争する商品は作れない。それでも、どうせやるなら、徹底的に、手作りで、体に優しいことにこだわりたかった」──とジェイソンさんは言う。