名前が出てこない、物をよくなくす、同じ物をまた買ってしまった・・・。
年齢かな、と、ちょっとガッカリ。それでも、こんなこともあるさ、と気を取り直し、それ以上考えることもなく日常に戻る。
中高年ともなれば、こんなエピソードは、珍しくないはずだ。現在劇場公開中の『アリスのままで』(2014)の主人公、50歳になったばかりの女性言語学者アリスも、初めはそう思っていた。
しかし、エピソードは繰り返し、頻度は増していく。不安募らせ訪れた病院で受けた診断は「若年性アルツハイマー病」。
働き盛りに、積み上げてきた人生の証たる記憶が侵蝕されていく無念、焦燥、そして、未来への不安。症状は進み・・・。
人間の行動は記憶を頼りにしている
この映画の製作が始まった頃、監督のリチャード・グラッツァーは、すでに難病ALS(筋萎縮性側索硬化症)の診断を受けていた。そして、パートナーのウォッシュ・ウェストモアランドと原作を脚色し、病状が進むなか、作品を撮り上げた。
そんな製作過程が作品内容と重なりあうこの映画は、本人目線中心に描かれ、「難病もの」映画につきものの、過大なセンチメンタリズムに流されていない。
人間の行動は、何かしら記憶をベースにしている。だから、その記憶が消えれば途方に暮れる。そうした心理はなかなか実感しにくいが、記憶障害に悩む主人公の心理劇がいくばくか助けになるかもしれない。