先日、病棟で勤務中している最中に、引出し整理をしていた看護師さんが急に声を上げられました。

東日本大震災、未曾有の被害を数字で振り返る

津波に流されて建物に乗り上げたバス(宮城県石巻市で、2011年4月6日撮影)〔AFPBB News

 「あ!これ〇〇さんのだ!」

 引出しから出てきたのは蓋に持ち主の名前が書かれた電子辞書。

 震災の時、ご家族を心配してご自宅に戻り、津波にのまれてしまった看護師さんの持ち物だ、と、周りの方が教えてくれました。

 ほんの一瞬の沈黙の後、

 「あ~ぞわぞわした~」「しまっとこうね」

 引出しは何事もなかったかのように閉められ、すぐに通常業務の空気が戻ってきました。次の瞬間に誰かが入ってきても、おそらく何も気づかなかったに違いありません。

 しかし私には、その瞬間のかさぶたを剥がれたような空気が忘れられません。ああ、震災の傷というのは、こういう形に潜んでいるのだな、そして私がそれを共有することは決してないのだな、ということを改めて感じました。