凄いタイミングだった。1月6日、ミシェル・ウエルベック(56歳、フランス人)の新作についての記事が、ドイツの各大手紙に出た。ミシェル・ウエルベックというのは、いわゆる問題作家で、作品が出るたびに物議を醸す。

 昔、『素粒子』と『プラットフォーム』(両方とも独訳2001年)を読んだが、どちらも男と女の歪んだ性が通奏低音のように流れていて、読んでいて楽しい小説ではない。しかし、なぜかひどく惹き付けられた覚えがある。ウエルベック氏が稀なる鬼才であることは、あまたの評論家の意見の一致するところだ。

反イスラム思想作家の新作タイトルは『屈服』

近未来の「フランス・イスラム政権」、小説家ウエルベック氏新作

ミシェル・ウエルベック氏近影©AFP/MIGUEL MEDINA〔AFPBB News

 ただ、生い立ちも、その後の生活もかなり特殊で、天才とナントカは紙一重といった危ういイメージがつきまとう。非常に繊細で、しかも、自暴自棄の傾向があると、私は感じる。

 私が何年か前に読んだ雑誌のインタビューでは、酒浸りでひどい状態であることが示唆されていたが、その後、また復活し、自作の映画化に際して監督などをしていたようだ。しかし、最近公開された写真は、何となく疲れた路上生活者のように見えた。ただ、目だけは鋭い。

 彼の作品の主人公は皆、愛情に飢え、絶望し、性を追求し、悩み、普通の性生活から逸脱し、また絶望する。現代の性の在り方に対する強烈な批判でもある。『素粒子』では、科学上の画期的な発明が為され、生物はセックスなしで生殖できるようになる。ついに性の苦しみから解放された人類は、新しい世界を形成していく。

 彼の小説のもう一つの特徴は、反イスラムの思想である。氏自身も、イスラムは一番バカげた宗教だとか、一番危険な宗教だと言い放ち、イスラム教の団体や人権擁護団体に訴えられたこともある。

 1月6日に紹介されたのは、翌日発売予定だった『Soumission』。ドイツ語訳『Unterwerfung』は10日遅れで発売の予定だが、タイトルはどちらも『屈服』という意味。正々堂々とした降伏ではなく、這いつくばるようなニュアンスのある言葉だ。

 2022年、パリ。ソルボンヌ大学の屋根に、半月が輝く。スーパーマーケットから、ユダヤ教徒のための食糧品、コーシャーは消え、町にはイスラムの緑の旗が翻る。ついに、フランスはイスラム教徒の手に落ちた。かつてイランで起こったことが、今、フランスで起こったのだ。

 ウエルベック氏は最近のインタビューで述べている。この小説は、挑発でも何でもない。実際に起こるであろうことを加速して、少し繰り上げて語っているだけだと。