8月10日に開催された米連邦公開市場委員会(FOMC)は、FFレート誘導水準0~0.25%およびこれに付加している「時間軸」の表現を維持した上で、市場から買い入れて保有している住宅ローン担保証券(MBS)およびGSE債の満期償還資金(元本)を米国債に再投資して、米連邦準備理事会(FRB)のバランスシートの規模を一定に維持していくことを決定した。事実上の追加緩和措置だと判断される。票決は9対1で、カンザスシティー連銀ホーニグ総裁が、「時間軸」付加とバランスシート維持の双方について反対した。
ニューヨーク連銀が別途発表したところによると、システム公開市場勘定(SOMA)の8月4日時点の残高である2兆540億ドルをおおむね維持するように、償還資金の再投資が行われる。2~10年セクターに集中して買い入れが行われる。通常の米国債に加え、インフレ連動債(TIPS)も対象となる。
今回の追加緩和の動きは、景気・物価の下振れリスク増大に直面して、FOMCが何らかの対応を取ることを迫られる中で、妥協点として出てきたものだと言うことができるだろう。FRBのバランスシートの規模を維持することのみによって、具体的な景気・物価刺激効果が出てくるという期待は持ちにくい。また、MBSなどの償還資金で2~10年ゾーンの米国債を買い入れることによっても、それによる需給コントロール的な意味での長期金利押し下げ効果を持続的に期待することはできないだろう。したがって、今回の追加緩和措置については、もっぱらアナウンスメント効果・心理効果を狙ったものだと判断される。「景気や物価の悪化方向のリスクに対して、FRBはきちんと目配りして対応していますよ」というメッセージを発することで、市場の不安を和らげようとしているわけである。
大きなバブルが崩壊した後の構造調整プロセスには「特効薬」はない。バランスシート調整が進んでいく上で必要なのは「時間」であり、調整が行われている間に市場や経済が極度に不安定化しないよう、中央銀行を含む金融当局は、安定化や下支えを狙った措置を繰り出すという構図である。だが、米国の金融政策は手詰まり感が強く、残されたカードもそれぞれ一長一短となっている。
1つ気になるのは、今回の追加緩和によって、FRBが行っている非伝統的手法による金融政策の性格が、徐々に変わっていく契機になる可能性があるという点である。すなわち、バーナンキFRB議長の言う「信用緩和」から、英国が現在行っているような「量的緩和」への傾斜である。
今般の金融危機に際して、MBS、CP(コマーシャルペーパー)、MMF(マネー・マネジメント・ファンド)など、機能不全に陥った個別の金融市場への介入を行うという形で、バランスシートの資産サイドに焦点をあてた金融緩和を行ってきたのが米FRBであり、「信用緩和」と呼ばれている。バランスシートの規模はいわば、結果として決まってくる。これに対し、かつての日銀や、現在のイングランド銀行が行っているのは、中央銀行のバランスシートの負債サイド(ベースマネーの供給量)あるいはバランスシートの規模に焦点をあてており、「量的緩和」と通常呼ばれているものである。
むろん、FRBには、公開市場操作を円滑に行う上で、バランスシートに占める国債の比率を引き上げていきたいという狙いがあるとも考えられる。そもそもの話として、中央銀行はバランスシートに信用リスクを直接取り込むべきではないとされているので、「出口」に向かう流れの中では自然な選択だと考えることもできる。だが、FOMCは今回、少なくとも外形的には、クレジットリスクを伴っているMBSやGSE債がFRBのバランスシートから落ちる分を米国債で穴埋めすることで、バランスシートの規模そのものを重視する姿勢へとシフトしたことになる。なお、今年のFOMCで投票権を有しているセントルイス連銀ブラード総裁はもともと、「信用緩和」よりも、国債購入による「量的緩和」が望ましいという論者なので、自らの主張に沿った追加緩和だとして、今回は喜んで賛成票を投じたものと推測される。