場所はイラクの首都、バグダッド。時間は昼の12時を過ぎた頃。
要人が通るのだろうか。米国人警備員たちを乗せた数台のSUVが猛スピードで現れ、スンニ派が多く住む地域のロータリーで車の通行を止めた。SUVから数人の武装した警備員が飛び出し、ロータリーとその周辺に向かって銃を構える。
そこにさらに、護衛された車が数台登場。ナンバープレートから、護衛されているのは米国大使館の車だということが分かる。
別の方向から、若い男性が運転する車が現れる。助手席の女性は、胸に赤ちゃんを抱いている。通行止めのせいか、それとも別の理由からか、反対車線を逆行しながらゆっくりとロータリーに向かってくる。
警備員たちがその車に向かってしきりにサインを送り、何か叫んでいる。しかし車は止まらない。
突然、銃声が聞こえる。その後、銃が連射される音がこだまし、反対車線をロータリーに向かう車に乗っていた男女と乳児は、銃撃によって即死。さらに車には、手榴弾が打ち込まれ炎上。他の警備員たちは、炎上する車を眺めている市民に向かって手榴弾を投げつけ、銃を乱射し続ける。
ある警備員が「撃ち方止め」と叫んでいるが、銃声は一向に収まらない。両手を挙げ、降参の姿勢をとる男性が撃たれて倒れる。
「撃ち方止め」を叫ぶ警備員が、銃を撃ち続ける別の警備員に銃口を向け、大声で必死に語りかけている。そしてようやく銃声が収まる。
広場には、運悪く居合わせた50人近い市民が血を流して横たわっていた。そのうち17人が死亡。手榴弾による火災で煙がもうもうと立ちこめる現場は修羅場となった。
「現代の傭兵」が起訴された初めての事件
アクション映画のひとコマのようだが、これが2007年9月16日に実際に起こり、イラク政府とイラク国民を激怒させ、米イラク関係の緊張を一気に高めた「ブラックウォーター・バグダッド銃乱射事件」である。
ブラックウォーターは米国の民間軍事会社の大手で、軍隊の後方支援や戦闘の補佐、要人の警備などを米国政府から請け負っている。戦場に派遣される従業員のほとんどは元軍人だ。イラク戦争で一躍名を馳せた「現代の傭兵」たちである。
正規軍と共に戦い、最新の武器で武装しているが、彼らは民間人である。従って軍法が適用されないばかりか、仕事場が戦場であるがため、米国の一般刑法も適用されない。
つまり彼らは戦場でいかなる問題を起こしても、罰せられることはない。
民間軍事会社をめぐる様々な問題は、行き当たりばったりのイラク戦略の象徴だ。米国政府は法的な規制や軍の規定を整備することを飛び越し、武装した戦争のプロたちを大量に戦場へ送り込んだ。
しかもイラク戦争で民間軍事会社の需要が急激に高まったため、戦闘経験も知識もない人々が続々と業界に参入し、ますます混乱を深めている。イラク国内で活動する「傭兵」の数は2万人とも5万人とも言われているが、正確な人数は把握されていない。
2008年12月、およそ1年の捜査を経て、乱射事件の中心人物であるブラックウォーターの元警備員5人が故殺罪などで起訴された。民間軍事会社が関係した事件で正式に起訴された初めてのケースだ。
イラク政府と国民の激しい怒りに押される形で実現した起訴である。事件の真相は裁判で明らかになるかもしれないが、法律の専門家たちは、現行の法律の下で彼らを有罪にできるかどうか疑問を呈している。