【「食べる」ことの歴史は、料理の技術とともに発展を遂げてきた。本連載では、毎回、料理にちなんだ動作をテーマに、その道具の歴史を追い、いかにして日本人が食べてきたのかを明らかにする】

 「炊くもの」といえば、まっ先に思い浮かべるのが「ご飯」である。

 お釜の蓋をパカッと開けたときに、ホワホワと立ちのぼる湯気。焼きたてのパンが放つバターや小麦の香りのように官能的で分かりやすくはないけれど、そこはかとなく漂うふくよかな芳香。いくらパン食が増えたからといって、あの控えめな香りによろめかない日本人は少ないんじゃないだろうか。

 主食のご飯と結びつく「炊く」という行為。それは、きっと日本の台所で重要な位置を占めてきたに違いない。スイッチひとつで簡単に出来上がる炊飯器にたどりつく現在までに、どんな過程があったんだろうか。

 そんなふうに考えて、「炊く」道具について調べることにしたわけだけれども、初っ端からつまずいてしまった。お恥ずかしながら、そもそも「炊く」ということ自体、どういうことかちゃんと意味が分かっていないことに気づいたのだ。

 あれ、「炊く」と「煮る」っていったいなにが違うんだっけ?

 京都のおばんざいで「水菜とお揚げの炊いたん」とかあるけど、あれって「煮物」って意味だよね?

 そんな疑問が脳内で浮かんで混乱してきた。とりあえず手元にあった旺文社の『国語辞典』を引くと、「炊く」の項目には<食物、おもに飯を煮る>とだけある。

 その記述にならえば、「炊く」と「煮る」は同義であって、ご飯の場合は「炊く」を使うということになる。だが、本当に違いはないんだろうか。

 今度はネットで検索してみると、同じ疑問を持っている人が少なからずいることを発見した。それに対する答えはまちまちで、「汁気がなくなるまで煮ることが、炊くなんだ」と言う人がいるかと思えば、「いやいや、佃煮は汁気がないから、汁気の有無が問題じゃない」と反論している人もいる。結局、疑問は解消されないままだ。