お盆は夏に祖先供養を行う行事だが、なんとその風習は今から1200年前から行われていたらしい。お盆の起源についてはいろいろな説があるけど、おれが聞いたのは、古代イランの「霊魂」を意味する「ウルヴァン」の「ヴァン」が語源だって話だ。

 科学技術が発達した今でも、みんなお盆には墓参りに行ったり、縁起を担いだりするよね。

 人は、時代が変わっても心の奥には謙虚さが宿っていて、目に見えないことをおそれて、畏敬の念を抱いているんだ。

 おれは、昔、姓名判断に凝ったことがあるんだが、これが結構当たるもので、名前だけで、気が強いのか、素直か、嫉妬深いか、親分肌か、なんてのが分かったりするから面白い。

 また、人の顔、つまり人相も、その人の性格なんかが表れる。例えば経営者や「かかあ天下」の女の人に多く見られるのは、ほお骨が高かったり、えらの張った四角い顔。

 ほお骨が高いということは、顔の真ん中の「君主骨」と競い合うということだから、上にいる人を押しのけて、のし上がる傾向があるんだよ。それに、えらが張っているってのは、饒舌で頭の回転が速いんだな。

 まあ、占いなんてのは当たるも八卦、当たらぬも八卦なんだが・・・。中には、福耳でも一文無しの人がいるんだから。

報われないやつと大儲けしているやつの違いとは

 世の中にはカラクリがあって、どんなに真面目に働いても報われないやつがいれば、はたから見ればさぼっているように見えるのに、実は大儲けしているやつもいる。

 この違いは何だと思うかい?

 昔から世の中を動かしているのは、権力者や法律なんてものじゃない。おれは、目に見えないことや目に見えないものが影響し合って世の中を動かしているんじゃないかな、って思うんだ。

 貧しい家に育った人でも志があれば偉大な指導者になれたり、冬山で遭難して絶体絶命でも、運さえあれば助かったりする。「心」も「気」も「知恵」も、全部自分自身でコントロールしているかのように見えて、実は、見えない何かに翻弄されてたりしていると感じているんだよ。

おれは見えない何かに畏敬の念を抱いてきた

 最近ではおれのことを、「不可能を可能にする男」とか「神の手を持つ職人」なんて、持ち上げてくれる人もいるが、昔のおれを知る者が聞いたら、信じられないだろうと思うよ。