町工場は技術が金看板。だけど、技術ってのは水ものだから、どんどん新しいことをしていかないと時代の流れに取り残されてしまう。うかうかなんてしてらんないよ。
おれは、「深絞り」ならいまだに誰にも負けない自信がある。でも、おれはアナログ人間だから、残念ながらパソコンが使えない。ウチの婿殿が、こっちの方は強いから、おれの発想と婿のデジタルが補い合って融合して、次世代の技術に挑戦している。
日本の加工技術がどんどん空洞化していく
プレス加工には「抜き」とか「曲げ」とか「絞り」などがあるが、親父の時代からウチが得意としていたのが深絞りという技術だ。明治時代からある日本の伝統的な技術だ。
プレス加工は地域ごとに特徴があって、大田区界隈は抜きや曲げといった技術が強く、墨田、江東、足立あたり(ウチの界隈)では化粧品や文房具の会社などがたくさんあったから深絞りが強い。
昔は深絞りの技術を生かした製品はたくさんあった。口紅のケースやライター、ボールペンなどは、以前はみんな金属だった。それが、安くて簡単にできる樹脂にどんどん取って代わられたんだ。
需要が減れば、当然、生産も減るし、職人もいなくなる。儲からないから、子供も後を継がない。いつの間にか、深絞りができる人がいなくなって、今では難しい技術になってしまった。
深絞りの生命線は金型と潤滑油。おれは油に関しても独自にブレンドしながら研究を重ねて、最もいい油を自分でつくる。
深絞りがうまくいかない時はいろんな要素があるから、金型、材料、潤滑油と、いろんな要素から原因を見極めなければならないんだ。
また、深絞りの専用の機械というのは、以前は既製品が売られていたが、今は需要がなくなり、既製品がなくなってしまった。だから、深絞り専用の機械は注文生産になる。ところが、知識と経験がないと、「こういう構造で、このように動くものをつくってくれ」っていうオーダーができない。
今は、韓国や中国に加工の仕事がどんどん出てしまっている。この流れはまだ続くから、職人の数もさらに少なくなるだろう。金型屋もプレス屋も機械屋も、日本で今までできた技術が、将来、難しくてできなくなるかもしれないね。
独自技術の蓄積があれば、新興国には負けないよ
あと20~30年経って国内の技術が空洞化した時に、日本独自の技術として残っているのは深絞りだけだろう、なんて言われている。