ドイツの作曲家リヒャルト・ヴァーグナーの仕事を振り返りながら、音楽の新しい可能性を追求する私たちのプロジェクトについて、前回に引き続きご紹介したいと思います。

 その背景には、20世紀の百年をかけて変質してきた私たち人間と音楽の関係、さらにはミュージックビジネスのあり方といったものも含め、様々な要因が関わっていると思うのです。

「デジタル録音」登場当初の衝撃

バイロイト祝祭劇場でのプロジェクト。マイケル・オースティン(トリスタン:テノール)とともに

 突然話が変わるようですが、私が10~20代を過ごした1970~90年代にかけて、「音楽を盛る器」に大きな変化がありました。デジタル化です。

 もう少し端的に言うなら、それまでのLP盤などがお役ご免となってCDという新しいメディアが登場した、1980年代半ば頃の変化です。

 高校生だった私にとって、一番ショッキングだったのは、実はCDの登場以前、LP盤で登場した「デジタル録音」という新方式の響きを聴いたときでした。

 忘れもしない、ユージン・オーマンディ指揮 フィラデルフィア管弦楽団の演奏でバルトークの「管弦楽のための協奏曲」を聴いたのです・・・。

 冒頭、コントラバスの旋律から曲が始まるのですが、弦楽合奏をしていた高校生の私には、従来の録音とは全く違う、まるでコントラバスの弓から松脂が飛び出してきそうな(合奏中にしばしば目にする光景ですが)、リアルな近接音が自分の部屋のオーディオセットから響いて、本当に驚いてしまったのをよく覚えています。

 このオーマンディのバルトーク、それから、エドヴァルト・マータ指揮のラヴェル「ダフニスとクロエ」全曲版、デジタル録音が出たての頃のLPを、10代後半の私はよく繰り返して聴きました。

 で、実際にLP盤が疲れてしまった頃からレコード屋の店先に虹色に輝くCDなる新メディアが登場するようになったのですが・・・。いまのお話はちょっとこれとは違いますので、話を本筋に戻しましょう。