黒川清・日本医療政策機構代表理事監修

 日本の医療制度は質、アクセス、コストを保証して医療サービスを国民に提供してきた。前回、医療データの共有化によって医療サービスの「質」を上げることができ、しかも「コスト」が下がるという話をしたが、今回は「アクセス」の話をしたい。

 いま、医療機関へのアクセスが良いことが、かえって医療サービスの質を押し下げるという現象が起きている。

フリーアクセスがもたらす大病院の混雑

 東京・御茶ノ水駅周辺。駅を出ると、いくつもの大学病院が目に入る。東京医科歯科大学医学部附属病院、順天堂大学医学部附属順天堂医院、駿河台日本大学病院など半径1.5キロ以内に10近くの大病院がひしめいている。

 それにもかかわらず、こうした大病院の混雑ぶりは相変わらずである。「3時間待ちの3分診療」と言われて久しい。大病院に患者が集中し診察時間が短くなっていることに関連して、これまでもいくつかの問題点が指摘されてきた。

 まずはフリーアクセスの問題がある。日本の医療制度では、患者がいつでもどこでも自由に医療機関を選択することができる。しかも受診回数に制限がない。自由な選択の結果、大病院や人気医師が在籍する病院に患者が集中してしまうことは容易に想像できよう。

 大きい病院であれば「ちゃんとした検査」が受けられる、「良い専門医」がいると思われているため、診療所でも十分に対応できる患者までが大病院に流れている。

 こうした流れを抑制するために、大病院に紹介状なしで外来診察に来た患者に対して初診負担額を増やせるようにするなどの制度改定が行われてきた。それでも、初診負担額は数千円以内であるため、患者の流れを決定的に変えるようなインセンティブとはなっていない。

 一方で、中小規模の病院や診療所の設備が有効活用されていないことも指摘できよう。CT(コンピュータ断層診断装置)が国民健康保険の対象になった途端に全国の病院が一斉にCTを購入し、日本国内のCTの数が、1年間でヨーロッパ全土の数を超えたという話がある。

 ところが患者の流れが大病院に向かっているため、それ以外の施設にある多くの設備は宝の持ち腐れとなっている。

 このような患者の動向と医療基盤整備のあり方を踏まえると、いまある医療資源が適切有効に活用されているとは言いがたい。医療分野における人的・財政的資源が限られているなか、この「非効率」と「無駄」を解消し、効率的な資源活用の仕組みを考え出せば、国民が受ける医療サービスの質は随分と改善されるのではないだろうか。