今年4月、北朝鮮では、軍の訓練が活発化し、グアムにも届くムスダン・ミサイルを展開し発射態勢が維持され、中朝国境では空挺部隊が降下訓練を行うなど、今にも戦争をしかねないような強硬路線が目立った。

 その後も5月に入り、短距離のミサイルまたは多連装ロケットの発射訓練を3日間連続で行っている。なぜ、北朝鮮はこのように強硬策をとっているのであろうか。その背景にはどのような情勢変化があるのであろうか。

1 金正恩の強硬路線への転換とその背景にある軍から党への奪権闘争

金正恩氏は既婚、北朝鮮国営テレビ

平壌で開かれた音楽会に現れた金正恩第一書記夫妻〔AFPBB News

 金正恩体制になってから半年ほどは、金正恩夫妻がディズニ―風の遊園地で遊ぶ姿が報じられるなど、ソフト路線が意図的に取られた時期がある。

 昨年4月の宇宙ロケット「銀河3号」の打ち上げは外国人記者団に公開された。失敗に終わったものの、金正恩は失敗の事実を国内外に認めた。これはゴルバチョフ流の「情報公開」を連想させる清新な政策であった。この頃までは、金正恩のソフト路線が維持されていた。

 しかしその後、政策は急激に強硬路線に傾いていった。

 強硬路線への転換の背景に、従来の「先軍政治」で力をつけた軍に対し、金正恩指導部が党指導部に権力を奪還するための、一連の軍人事を断行したことが挙げられる。

 その中心人物となったのが、昨年4月に総政治局長就任が確認された、金正恩第一書記の最側近とされ張成沢(チャン・ソンテク)国防委員会副委員長にも近い、党出身の崔竜¬海(チェ・リョンヘ)であろう。

 まず昨年7月、李英鎬(イ・ヨンホ)総参謀長が突然解任された。解任理由は、李総参謀長が金正恩のソフト路線に苦言を呈したためとも伝えられている。後任の総参謀長には第八軍団長の玄永哲(ヒョン・ヨンチョル)が就任した。

 人民武力部長も金格植(キム・ジョクシク)に交替したが、今年5月には、50代の張政男(チャン・ジョンナム)に再度交替している。また、79歳の玄哲海(ヒョン・チョルヘ)同第一副部長兼後方総局長も全昌復(チョン・チャンボク)に交替した。

 いずれも若手のへの世代交代が図られている。これらの軍人事には、軍長老を一掃し若手を登用して軍を上から掌握しようとする、金正恩指導部の意向が反映している。

 その一方で、金正恩自身については、「肝の据わった度胸のある指導者」というイメージを創り上げるための、一連の施策が矢継ぎ早に打たれた。その表れが、昨年12月のミサイル打ち上げ、今年2月の核実験、さらに米韓軍事演習に対抗した、戦争準備を思わせる全国的な軍事演習であろう。

 金正恩が後継者として指名されるに先立ち、天安撃沈、延坪島砲撃という事案が起こったが、これは金正日が金正恩に後継者としてふさわしい「肝が据わった人物」か否かを試すために作為されたものとの見方もある。

 このような肝の据わった指導者としてのイメージは、ディズニーランドを訪問しているソフトイメージとは全く相反している。いずれが本当の金正恩の姿であろうか。

 海外留学経験があり国際情勢にも通じている金正恩のもともとの姿は、軍から見れば軟弱で、とても最高司令官としてついてはいけない若造と見られていたのではないだろうか。

 金正恩の指導力の不足を示唆する情報もある。昨年12月に軍のクーデターまたは軍間の衝突が起こり、それ以来金正恩が戦車を配置するなど身辺警護を強化しているとの情報がある。

 また、米軍のステルス爆撃機や無人偵察機が北朝鮮領内に入り、ピョンヤン上空で威嚇行動をとったとも言われている。

 また、今年5月23日付の『中央日報』によれば、リチャード・ルーガー元上院外交委員長は、「米韓連合トクスリ演習中に米国が「B-52爆撃機」と「B-2ステルス爆撃機」を出撃させた劇的な措置」により、北朝鮮に対して朝鮮半島に危急状況が生じた時、「数時間以内に米国の効果的な支援軍が韓国に到着する」という行動を取れることを見せつけたとし、「実際に、その時から北朝鮮の挑発的な行動が減った」と述べている。

 いずれにしても、金正恩は内外から、その指導力を問われる強い圧力にさらされ、追い詰められた立場にある。それを跳ね返すためには、強硬姿勢を打ち出し内外に指導者としての威信を示す必要があったとみられる。

 今の北朝鮮の過度の強硬路線と、金正恩の百八十度のイメージ転換の背景には、強硬路線をとり、国内外に「肝の据わった頼りになる指導者」を演出しなければ、自らの地位が危ないという、金正恩自身の焦りがあるのであろう。

 金正恩が内外の圧力を跳ね除けた、指導者としての独裁的な地位を築いていくのか、それとも指導力を疑われ権力の座から追われるのか、その成り行きが注目される。

 現在は、張成沢と崔竜海を中心とする側近が金正恩指導部の強硬姿勢を打ち出し、軍の忠誠をつなぎとめ国内の安定化を図っている段階とみられる。その意味で、崔竜海総政治局長が、今年5月中国に特使として派遣された意味は大きい。

 一応国内体制が安定化に向かい、米中韓および日本に対する対外政策面での活動が今後本格化する兆候かもしれない。

 これを裏付けるように、中国中央電視台は、崔竜海総政治局長が5月23日、北京の人民大会堂で中国共産党中央政治局常務委員の劉云山氏と会談し、「朝鮮(北朝鮮)側は中国の建議を受け入れ、関連国との対話に乗り出すことを希望する」と述べたと報じている。