菅直人首相は6月11日の所信表明演説で以下のように語り、社会保障の充実を宣言しました。

 「医療・介護や年金、子育て支援などの社会保障に不安や不信を抱いていては、国民は、安心してお金を消費に回すことができません。(中略)他国の経験は、社会保障の充実が雇用創出を通じ、同時に成長をもたらすことが可能だと教えているではありませんか」

 菅首相は、巨額の公共投資による経済政策(第1の道)、厳しい市場原理にさらされた中のリストラ断行による業績回復(第2の道)を明確に否定しました。その上で「強い社会保障」を通じて成長を目指す「第3の道」を進むというのです。

 「社会保障の充実が雇用創出を促し成長をもたらす」ことについては何の異論もありません。また、「経済・財政・社会保障の一体的立て直し」と財源部分にまで踏みこんで議論しようとしていることは、一歩前進と言っていいでしょう。

 しかし、この「第3の道」、進め方によっては「増税だけ実行され、公的医療費増額が全くなされない」という最悪の結果になる危険性もはらんでいるのです。

議論され始めた増税による社会保障充実

 現在の医療財源問題を巡る立場を大きく3つに分けると、以下のようになります。

 <第1の立場> 社会保障の政府支出は最低限にとどめ、市場原理に任せる立場

 この立場の人たちは、株式会社の医療機関経営参入解禁や混合診療の全面解禁を主張します。しかし、これらが解禁された場合、現在の公的医療は解体され、富裕層しか十分な医療を受けることができなくなるでしょう(コラム「解禁してはいけない『混合診療』」も参照ください)。

 <第2の立場> 公共事業などの無駄を排して、その分を社会保障費に充てる立場

 <第3の立場> 医療などの社会保障を守るために社会保険料と租税の引き上げを行う立場

 第2と第3の立場は、世界第1位と認められた日本の国民皆保険による公的医療を維持するという方針は同じです。ただし、財源確保の方向性が違います。

 第2の立場は、無駄を削ることで財源を捻出しようという考え方です。昨年の衆院選前までは、「天下り廃止と事業の無駄の整理で、財源が10兆円から20兆円は捻出できる」と主張していた人たちがいました。しかし、大々的に事業仕分けを行ったものの、目標としていた3兆円にすら大きく及ばなかったのは周知の通りです。

 そこで浮上してきたのが第3の立場です。

 今回の演説の中で菅総理は、「(日本の)財政は先進国で最悪という厳しい状況に陥っています。もはや、国債発行に過度に依存する財政は持続困難」とこれ以上の国債発行による財政調達に難色を示しました。