日本でも人気の米アップル「アイパッド(iPad)」や、新型の「アイフォーン(iPhone)4」は台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業グループが中国で製造していることを最近知ったという人は少なくないだろう。
これまで一般消費者にはほとんど知られることがなかった世界最大の電子機器の受託製造会社(EMS)鴻海グループは、皮肉なことに、中国広東省の深セン工場で働く従業員の連続自殺事件で、世界中にその名を轟かせた。
鴻海は当初、「個人の問題であり、仕事が原因ではない」と弁明したが、後に賃金を大幅に引き上げ、自殺の原因が低賃金など労働環境にあったことを半ば認めた格好だ。
鴻海は氷山の一角に過ぎない。ホンダ系の複数の部品工場での賃上げを要求するストライキなど、中国では連鎖反応的に各地で労働争議が発生している。こうした新たな中国リスクの出現は、大量の労働者を安価に調達できた「世界の工場」中国の限界を浮き彫りにした。
町工場から世界の富豪へとのし上がった郭台銘
鴻海は1974年に台北市の郊外である台北県土城市で創業した。テレビのスイッチを生産する町工場から出発し、80年代以降にパソコン(PC)関連部品に進出して業容を拡大。90年代以降はPC、携帯電話、ゲーム機などデジタル家電市場の拡大を背景に急成長を遂げた。
鴻海を世界最大のEMSに育て上げたのは、創業者であり、今もグループトップに君臨する郭台銘(テリー・ゴウ)会長(59)だ。自家用ヘリで中台間を行き来するなど猛烈な仕事ぶりで知られ、カリスマ経営者として台湾では知らない人はいない。そして、世界の長者番付に名を連ねる富豪でもある。
郭会長はIT業界で急激に進んだ水平分業化の流れに乗り、アップルやデル、ヒューレット・パッカード(HP)、ソニー、任天堂など一流企業を顧客として次々と獲得。2009年の連結売上高は1兆9600億台湾ドル(約5兆5700億円)と、10年前の50倍に急拡大した。世界のIT産業は鴻海なくして成り立たないと言っても大げさではなく、台湾のメディアはEMS業界に君臨する同社を「鴻海帝国」と表現する。
秘密主義と軍隊式管理
鴻海は、鄧小平が1978年に改革開放政策を提起した10年後の1988年、台湾企業としては深センにいち早く工場を建設。その後は中国全土に拠点を広げ、今では中国に25カ所の製造工場を持ち、80万人の従業員を雇用する。鴻海の成長は、改革開放後の中国経済勃興の象徴であり、中国の安価な労働力を活用した労働集約型経営の典型でもある。