この南シナ海パターンは尖閣には適用できない。多数の人員を上陸させるには、大量の補給物資輸送が継続できることが条件となる。補給物資が滞ると「尖閣版ガダルカナル」となる。そのためには制空権、制海権を獲得することが必須である。

 中国空軍は現在、第4世代戦闘機は航空自衛隊の2倍以上保有する。だが、航続距離、管制能力ともに劣り、洋上での航空作戦能力はいまだ成熟の域に達していない。東シナ海上空での中国空軍の航空作戦能力は、航空自衛隊単独であっても凌駕することは難しい。

 戦力のパラメーターは自衛隊だけではない。日米同盟を考慮に入れると、日米共同の航空戦力は格段に中国に優っている。中国による東シナ海の制空権獲得は、現段階ではほぼ困難である。

軍事行動には出られない中国の国内事情

 制海権でも日本が優位を占める。海上自衛隊は対潜作戦や機雷掃海の実力で米軍に次いで世界第2位である。海上自衛隊のイージス護衛艦の能力は最新鋭の中国艦艇と比べても、ケタ違いの能力差を有する。海上自衛隊単独でも十分強力である。まして日米同盟が睨みを利かしている。

 米国は尖閣諸島が日本の施政下にあり、日米安保の適用対象であること確認する条項を2013年度国防権限法に追加した。日米共同ともなれば東シナ海の制空権、制海権の獲得は不可能なことを知り尽くしているのは人民解放軍自身である。中国首脳が冷静な分析をする限り、尖閣諸島での軍事力行使は現段階ではあり得ない。

 中国は国内事情によっても軍事力行使が大きく制約されている。中国の目下の最優先課題は経済成長である。これを失うと共産党独裁の正統性をも失いかねない。共産党一党独裁の維持は、中国では何より優先される。胡錦濤から反日強硬派と言われる習近平に政権が代わっても、この方針は変わらない。週刊紙「南方週末」に対する言論統制騒動を見ても分かる。

 欧州債務危機のあおりを受け、経済成長も政府目標である前年比7.5%を下回る懸念が指摘され始めている。中国は経済成長率が7%を切ると危険水域だと言われる。中国経済はグローバル経済に依存しており、国際協調路線が欠かせない。軍事行動を採ることによって国際的評判が失墜し、経済成長に響く事態は何としても避けたいのが実情である。

 近年、中国では国民の不満が鬱積している。ジニ係数0.61が示すように所得格差は驚くほど拡大し、公務員の腐敗は蔓延っている。暴動・デモの件数は年間20万件、1日平均548件と言われ、治安維持予算が国防予算を上回っていることからも事態の深刻さが分かる。

 国民の不満が鬱積している時の軍事力行使はリスクが高い。完璧な勝利を達成できれば共産党独裁政権への求心力は高まるだろう。だが、少しの失敗でも、不満が暴動となり、燎原の火のように全国に広がる可能性がある。

 過去二十数年間で国防費は三十数倍に拡大され、強化した軍事力を背景に対外強硬路線を望む者がいることも確かである。軍事の論理と経済の論理との相克はあるものの、米国を敵に回し、経済を犠牲にしてまで軍事力を行使するほど、中国首脳は冷静さを失っていない。

 では、中国が尖閣で軍事力を行使するとしたらどのような場合であろうか。1つは、何らかの事情で中国共産党の一党独裁が崩れそうになった場合である。

 「国内矛盾は国外へ特化せよ」というのは独裁者の常道である。だが米国との戦争を視野に入れねばならず、それは自爆テロに近い。