トヨタ自動車が起こした大規模リコール問題が長期化する中、同社の経営そのものに対する不信感が広がり始めた。独自の生産方式「カイゼン」も例外ではなく、世界的に絶賛されてきた日本の代表的な経営手法を疑問視する声が上がっている。
ところが、ニューヨークにはカイゼンを新たな文脈で捉え直す試みがある。今回は建築デザイン分野での1つの「実験」を紹介したい。(敬称略)
「小さな変化」がもたらす「巨大な変化」、カイゼンはイノベーションなり
2010年の春学期、コロンビア大学建築大学院で「コンピューティング・カイゼン(Computing Kaizen)」と題するスタジオ(研究室)が開講した。
率いるのは、ニューヨークでデザイングループProxy社を主宰するマーク・コリンズと長谷川徹。4月末に実施された学期末のプロジェクト成果発表には、筆者も審査員として参加した。
このプロジェクトの目的は、「コンピューターをツールとして使うのではなく、デザインをさせる」というもの。建築学の研究室なのに、学生はコンピューターのコードを書くことから始める。
モデルの行動主体(エージェント)は、ルールに従って行動するようプログラムされる。例えば、「一番近くにいる別のエージェントにコンタクトする」というような極めて単純なものだ。意思決定は徹底してローカルの各エージェントに委ねられ、コードを書く人間が判断してはならない。
すると、エージェント間の相互作用が始まり、大域的(グローバル)なパターンが生成される。立ち現れるパターンはエージェントの行動にも影響を与えるようになり、エージェントはそうした環境変化への適応を求められる。
局所的(ローカル)に行動するエージェントは、ルールに従い行動するだけ。しかし、このフィードバックの過程を何度も繰り返すうちに、予想もできなかった複雑なデザインが出現する。デザインを生み出すのは各エージェントの意思ではなく、あくまでエージェント同士の関係性である。
「バタフライ効果」――。極めて小さな変化であっても、相互作用を通じて、途方もない大きな変化に発展する。「北京で蝶が羽ばたくと、ニューヨークで嵐が起こる」という比喩的な表現をお聞きになったことがあるだろう。
変化には、全てを一気に覆すようなドラスティックなものと、小さな変化が生み出す漸進的なものがある。前者を「イノベーション」、後者は「カイゼン」と考えることが多い。しかし、小さな変化の相互作用が巨大な変化を生み出し得る。カイゼンこそがイノベーションなのだ。
「コンピューティング・カイゼン」の作品例(Computing Volatility: Technology Incubator by Esther Cheung)主要IT企業の実際の株価データから析出したフラクタル構造を基に、巨大化する企業と消滅する企業のせめぎ合いからデザインが生成される。