東京・神楽坂が育てた世界最高のフランス料理

地域に対する尊敬が斬新なアイデアと味を生み出す

2010.06.09(Wed)鈴木 春恵

 「その点、神楽坂には、まだ豆腐屋さんとかせんべい屋さんとか、そういった伝統的な店が残っている。しかもそれらは持ち家で、売ればお金になるわけだけれども、普段はみなつつましく暮らして、家や家業を子や孫に伝えようとしている。私はそういう人に尊敬を抱きます」

そば粉が特産のブルターニュ地方

 暮らす場所は、ラシェさんにとって同時に出店候補地でもあった。つまり職住両方の観点から神楽坂を選んだのである。

 ところで、レストランを持ちたいといっても、いろんなカテゴリーがあるわけで、彼がたどってきたキャリアを考えれば、高級フランス料理という路線がむしろ自然だったのかもしれないのだが、あえて経験のないクレープの店をと、決心を固めるのである。

ベルトラン・ラシェ氏。シャンブルドットのサロンの窓辺にて

 「私はブルターニュの農家の出です。ブルターニュと言えば、そば粉の国。祖父母は実際にそばを育てていたし、おばあちゃんたちは自分の家の暖炉でクレープを作っていたという伝統がある」

 「ジュネーブで働いていたのは大変リュクス(贅沢)な世界で、要求の高いお客さんも多くて、プロとしては大変によい経験をしたと思います。しかし、自分自身が作るレストランは、むしろ自分のアイデンティティーに根差したテロワール(文化や風土)が感じられる、トラディショネルなものをと思っていました」

 「そして東京に暮らすようになって、レストラン事情を観察するに、本当のクレープ屋さんというのがなかった。当時のクレープと言えば、サロン・ド・テで楽しむようなもので、レストランとしてのクレープ店はなかった」

お菓子ではない主食としてのクレープ

 確かに当時の日本では、と言うより、今でも依然としてそうかもしれないが、クレープと言えば、小麦粉ベースの薄いクレープ地にチョコレートやバナナ、あるいは生クリームを塗って食べる、いわゆるお菓子の一種といったイメージが強い。

 けれども彼の言うクレープは、むしろメーンの食事になり得る、甘辛の別で言えば辛い方のカテゴリーに属するもの。そば粉を原料にした生地を焼いたものに、ハム、チーズ、卵などの具を載せて食べるものであって、お菓子的なクレープはその後に続くデザートみたいなものである。

 ところでフランスという国は、それぞれの地方の郷土色が大変に濃い国である。中でもブルターニュ地方には、フランス語とは全く違った言語形態の独自の言葉、ブルトン語があり、道路標識の地名などではフランス語とブルトン語が併記されるような土地柄。

 「自分はフランス人ではなくて、ブルターニュ人だ」と胸を張る人に、私もかつて何度か遭遇している。クレープはそのような土地を代表する名物料理。ラシェさん言うところの「世襲財産」的存在なのである。

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