すでに繰り返してきたことだが、イノベーションとは技術革新だけのことではなく、社会経済的な新しい付加価値を生む広い概念である。このコラムでは、イノベーションの意味や戦略、さらには、それがどのような人や企業によって担われたのかを考察してきたが、今回はイノベーションを受け入れる精神的土壌について考えてみたい。
なぜなら、今の日本で一番心配なのが、世界を知ろう、世界を見ようというメンタリティーがきわめて薄らぎ、日本に閉じこもろうとする風潮が陰に日向に見受けられることだからである。
確かに、日本にいると心地よいし、苦労も少ない。日本にいれば日本語は通じるし(当たり前だが)、安全・清潔だし、食べ物も美味しい。どうして、わざわざ問題だらけの世界に出なければならないのか? 学生に尋ねられても、そう簡単に答えられる質問ではない。
ただ、こうした考えが危険であることの状況証拠をいくつか挙げていくことはできそうだ。
30年前に逆戻りしてしまった日本
世界の中における日本を見ておかないと、その位置感覚を失ってしまうことだ。
世界における1人当たりのGDPランキングを見てみよう。日本は1980年に17位であったが、90年に8位、2000年に3位を記録した。しかし、それを最後に2005年に15位に急落し、最近では17位と30年前に逆戻りしている。
失われた15年以降、日本は新たな経済価値を生み出すことに失敗しているのである。もちろん2009年度のGDP総額では何とか中国に抜かれずに世界第2位を保つことができたが、中国に抜かれるのは時間の問題である。
中国には日本の10倍の人口がいるのだから、1人当たりのGDPが日本の10分の1を少しでも上回れば、総額で日本を抜くのは当然だ。世界平和と安定のためには、早く中国国民全体が豊かになって、成熟した政治体制を維持していくのがいいに決まっているので、変なライバル意識を持つのはおかしな話だ。だから、中国のGDPが日本を抜いてもそう嘆くことはない。
むしろ問題なのは、日本の1人当たりのGDPの低下なのである。総額を競うということは人口に依存することなので、後発国はともかく先進諸国にとっては本質的な議論ではない。一人ひとりがどれくらいの経済価値を生み出しているかが重要なのである。
30年前に戻ってしまった日本の現状をしっかり認識しなければ、解決策も見つからない。
また1人当たりのGDPの推移を見てみると、ランキング上位には北欧諸国が名を連ねているのが分かる。北欧4国は、人口が多くてもスウェーデンの700万人で、デンマークが550万人、フィンランドが530万人、ノルウェーが480万人と小さな国々である。しかも、日本の消費税である付加価値税はどこも25%を超えている。にもかかわらず、こうした国々は高い1人当たりGDPを上げ、豊かに暮らしているのである。