図書館戦争の著者の「有川浩」は、「ひろし」ではな「ひろ」と読む女性作家。2008年に『私の男』で直木賞を受賞した「桜庭一樹」も女性である。2人とも今では、すっかり人気作家だが、かつては男性と間違えられて、著書が男性作家のコーナーに並べられることもあったようだ。(文中敬称略)
奥田英朗は男性作家である。雑誌で紹介されていた写真や、自著エッセイなどで、ちょっとステキなナイスミドルであることは間違えようもないのだが、それでも、作品を読んでいると「この人は、実は、女性なのではないか?」と疑いたくなる。
特に、短編集の『ガール』は「女性心理の描き方が巧み」という領域を超えている。既に「ガール」と呼ばれる年齢を過ぎてしまった女たちが、ちょっと弱気になったり、弱気な自分を克服するために無理に強がってみたりする微妙な心理を切り取っている。最初は、共感し、切ない気持ちを追体験しながら、これを書いているのが中年の男であることを思い出し、「完全に見透かされている」「心のうちを丸裸にされてしまった」──そんな気分にさせられる女性も多いのではないか。
『家日和』は「家」にまつわるショートストーリーを集めた短編集。『ガール』よりも一段と磨きが掛かっているのは、ストーリーごとに性別も、年代も、バックグラウンドも違う主人公に完璧に成り済ましていることだ。
奥田 英朗著、講談社、580円(税込)
エコブームを快く思っていない中年の男性作家だったり、家の中の不用品をネットオークションで売ることに生きがいを感じている主婦、定職に就かずに事業を起こしては失敗しているダンナに振り回されるイラストレーター、特にトラブルもなかったのに突然妻が出ていってしまったバツイチサラリーマン──などなど。
妻が出ていってしまったサラリーマンの話が特に好きだ。妻も、家財道具も消えてしまった部屋で喪失感に襲われるのも束の間。いくつもの店を見て回って、自分好みの家具を少しずつ買い揃え、今まで泣く泣く実家に預けてあったレコードコレクションを取り戻し、会社から帰ると好きな音楽をかけてゆったり至福の時を過ごす。そんな生活を羨ましがる会社の同僚たちが毎晩のように遊びにやってくる。
子どもの頃は、小遣いやバイト代の範囲でしか自分の部屋にお金をかけることができない。社会人になり、結婚して、多少は生活に余裕が出てきた時には、家は「妻の城」になってしまっていて、夫の自由など認められない。男が理想の部屋を持てる期間は、人生の内でごくごく限られている。妻が出ていったことで、期せずして「我が城」を手にいれてしまった男のとまどい半分、嬉しさ半分がなんともリアルだ。
年度の替わり目。引っ越しなどしなくても、「我が城」をちょっとバージョンアップさせて、フレッシュな春を迎えてみてはどうだろう。