演説や発言の長短それ自体は、内容の評価と無関係だ。ただ一般論としては、抑揚のない話を長時間聞かされた側は辟易とするだけで、どれだけ内容を覚えているか怪しい。「ワンフレーズポリティクス」で有権者の心を掴んだ「小泉流」を想起すれば、聞く者に訴えかけて印象付けるのが政治家の生命線と言えるだろう。
これに対し、鳩山と盧に共通する「聞き手はどう受け取ろうが、とにかく自分の言いたいことを言う」という手法は、相手への配慮よりも自らの気持ちや立場を優先するもの。この2人がともに同盟国である米国から疑念を持たれている背景として、その点に留意すべきだ。
「寛大な態度」が裏切られ、失望が怒りを増幅
先に紹介した2004年の日韓首脳共同会見で最も重要だったのは、日韓間に横たわる歴史問題について「私の任期中には公式的に争点として提起しない」という盧の発言だ。
この部分だけは、筆者の記憶に今も鮮明に残されている。小泉首相の靖国神社参拝に不満が燻っていた当時の韓国内の情勢から見て、「思い切ったことを言うものだ」と感じた。
当時の韓国政府当局者の解説によれば、発言の真意は「韓国から歴史問題を言い募れば、反発を招くだろう。騒ぎ立てないから、日本は自制してほしい」――。中韓両国を刺激することになっても参拝に踏み切る小泉側の事情を深く分析もせず、自らの「寛大な態度」には「好意」で応じてくれるはずだという、一方的な期待が盧にあったことがうかがえる。
竹島(韓国名・独島)領有権めぐり日韓対立激化〔AFPBB News〕
その後、靖国参拝に加えて竹島(韓国名・独島)の領有権や日本の歴史教科書をめぐり、日韓摩擦が一段と激しくなった。
すると、盧は「争点として提起しない」との前言を撤回し、「(日本の)侵略と支配の歴史を正当化し、再び覇権主義を貫徹しようとの意思をこれ以上看過できなくなった」(2005年3月23日の国民向け談話)などと対日批判を強めた。「寛大な態度」が裏切られた失望が怒りを増幅する結果となり、日韓対立が深刻化したのは周知の通りだ。

