(文中敬称略)

10月1日、中国建国60周年を祝い、軍事パレードが挙行された。それを閲兵する中国の最高指導者、胡錦濤にとって、軍事パレードは、毛沢東、鄧小平、江沢民と同列に立つ指導者であることを内外に宣布する「儀式」であった。もっと正確に言えば、そのはずであった。

 毛沢東や鄧小平、江沢民と同様に、年代物の最高級国産車で権力の象徴とも言える「紅旗」の特別仕様車に乗り、サンルーフから上半身を出して、パレードの準備が整った解放軍兵士たちに、緊張のせいか無表情とも言える顔で、「同志諸君、ご苦労!」と声を張り上げる胡錦濤が印象的だった。

 従来、胡錦濤は軍関係の会議では、軍服と同じ色のグリーンの中山服(人民服の原型となった服)を着用してきた。だが、今回は他の指導者のダークスーツに合わせてか、黒っぽい中山服姿であった。胡錦濤が乗車した「紅旗」には、記念すべき年としてわざわざ「02009」のナンバープレートが付けられていた。

ナンバーツーとして健在ぶりをアピールする江沢民

 天安門の楼上では、中央政治局常務委員らが揃って赤色基調のネクタイを締めて並んだ。その中央に立ったのはもちろん胡錦濤である。

 しかし、胡錦濤の左側に、ある人物が立ち、胡錦濤に負けずとも劣らない存在感を示していた。今年83歳の江沢民である。引退し、現在はヒラの党員にすぎない江沢民は、第3世代のリーダーだった経歴によって依然としてナンバーツーの処遇を享受し、その健在ぶりをアピールするのであった。

 江沢民時代は、「江沢民同志を『核心』とする党中央」というのが党の決まり文句だった。それに対して胡錦濤の場合、「胡錦濤同志を『総書記』とする党中央」としか表現されないできた。

 胡錦濤の求心力の「弱さ」をそこに見出すのは容易だが、江沢民の存在が胡錦濤を「核心」の地位に就けることを事実上阻んできたともいえる。

 江沢民は2002年の第16回党大会で「党総書記」のポストを胡錦濤に譲った。だが、「中央軍事委員会主席」のポストは譲らなかった。2004年までそのポストを保持し、胡錦濤のリーダーシップを牽制してきたのである。

胡錦濤と江沢民のツーショットが1面を飾った人民日報

 その経緯から考えれば、今回も江沢民は胡錦濤の「晴れ舞台」に水を差したことになる。これは、江沢民がまだそれだけの影響力を持っていることを意味する。

 軍事パレードの挙行を伝えた10月2日の「人民日報」「解放軍報」は、1面に胡錦濤と江沢民の写真を同じサイズで掲載し、江沢民の影響力がいまなお健在であることを明確に示したのであった。