胃大網動脈を使った「冠状動脈バイパス手術」を考案し、日本で初めてバチスタ手術(心筋が伸びて心臓の収縮力が低下する拡張型心筋症に対し、肥大した心臓を小さく縫縮して治療する手術)を行った世界的な心臓外科医、須磨久善の軌跡を描く。
胃大網動脈バイパス手術を成功させた須磨久善とは
本書の第1部は、須磨自身が語ったことから構成されている。1950年、神戸市に生まれ、中学2年で外科医を志した須磨は、一般外科医を経て心臓外科医になり、米国留学から帰国後、母校の大阪医大でバイパス手術チームのチーフに抜擢され、86年、自ら発案した胃大網動脈バイパス手術を成功させた。
さらに国内外で研鑽を積み、96年に日本初のバチスタ手術を実施。1例目の患者は約2週間後に亡くなるが、3カ月後に2例目を敢行して成功させる。そして、心臓病専門の医療施設を設立する――。
一般外科の過程で胃の手術を多く経験したことが、バイパス手術の素材に胃の血管を用いる発想につながるなど、行く先々で必ず知見を得、人材が山のようにいる場所で頭角を現し、数々の難手術に挑戦してきた外科医の歩みが、時代を前後させながら語られる。
著者は、須磨を新天地を目指す「越境者」ではなく、従来の枠組みと秩序の中で新世界を構築していく「破境者」と呼び、「破境者ではあるが超人ではない」と書いている。それは、須磨自身の言葉からも明らかだ。
「役に立つ人間になること、でしょうか。何も、立派な医師になろうなんてがんばる必要はない。スタッフから必要とされる、有用な人間になればいいんです」
「まずはイメージを掴むこと、です。イメージを持てれば、いろいろなことが上手く回りはじめます。たとえば手術見学ひとつとっても、外回りという雑用をしながら、手術メンバーと同じくらい勉強だってできる。その立場よりひとつ上、ふたつ上の場所からシミュレーションすればいい。助手の下っ端や第三助手として手術に入るなら、術者と同じ勉強をしておく。(略)有用な人間は、先取的な努力をすることで作られていくんです」