また、韓国でも、故・盧武鉉前大統領の誕生に際して若者たちのスマートモブ的な選挙活動が功を奏したと言われているし、李明博政権のBSE(牛海綿状脳症)対策に不満を持った人びとが2008年6月に行ったデモでは、参加者が一斉に携帯電話から青瓦台(大統領官邸)のホームページにアクセスし、一時的にHPをダウンさせたこともある。
こうした事実だけでも為政者にとっては「憂慮すべき事象」であるのだが、もう1つ、為政者がスマートモブ的な活動に対して神経をとがらせるのは、これがしばしば「創発」(emergence)と呼ばれる現象と結びつきやすいという点である。
創発とは、もともとは生物学など自然科学の分野で主に使用されてきた概念で、ある一部の局所的な行動や出来事が予期しないくらい大きな運動や秩序形成をもたらすことを指すが、最近では社会科学の分野でも、こうした概念が応用されている。
スマートモブは、各個人が携帯電話などの端末を持ち歩いているため、当局の動きを読んで直前になってデモの場所を変更することも可能である。取り締まる側にとっては、周到な準備を行いにくい。さらに、創発的な動きが加わると、政府当局がコントロール不可能な規模にまで一挙にデモが拡大することもある。
アラブ諸国では、爆発的な勢いで携帯電話が普及していった。最近では、都市部を中心にインターネットも一般的になっている。「アラブ人スマートモブ」が誕生する素地は既に固まりつつあったのである。そして、エジプトのデモは、アラブでも「スマートモブ」が誕生し得るのだということを証明してみせた事例という意味で画期的なものだった。
チュニジアが、SNSへのアクセス制限を解除
では、政府当局はどのように対応しようとしているのだろうか。最も手っ取り早い方法は、国内から「フェースブック」へのアクセスができないように制限することだ。実際に、アラブでは「フェースブック」に対してアクセス制限を課している国が少なくない。
自社のロゴ入りTシャツを着たフェースブックの社員(米カリフォルニア州)〔AFPBB News〕
ただ、最近になって、チュニジアのベン=アリー大統領は、国内での反発に対応する形で「フェースブック」への制限解除を指示したと言われている。また、アラブ首長国連邦においても同様の動きが報告されている。とはいえ、政府側は状況に応じていつでもアクセス制限をかけられる体制は維持している。このように、政府によるインターネットコントロールは、その時々の国内外の情勢を踏まえつつ、頻繁に変更が行われるという特徴がある。
政府がアクセス制限を敷いていたとしても、コントロールされる側の民衆がみな従順であるとは限らない。制限されればされるほど、その制限を打ち破って目的のサイトを利用したいと考えるのもまた人情である。そこでは、コントロールを課そうとする政府と、その網をかいくぐろうとする民衆との「いたちごっこ」が繰り広げられている。実際に、シリアなどでは、政府による制限を回避して「フェースブック」を利用している人びとがいることを、筆者自身確認している。
スマートモブの洗礼を受けたエジプト政府も、「フェースブック」を苦々しく思っていることは間違いない。事件以来、エジプト政府はインターネットの監視体制を強化している。事件の関係者が、見せしめのような形で相次いで逮捕もされている。
ただ、それでも、これまでのように、完全に政府がコントロールしている状態ではなく、今後もスマートモブ的なデモが発生する素地は残されたままである。さらに、携帯電話のSMSに関しては、野放し状態である。
次に「アラブ人スマートモブ」が出現するのはどの国なのか。そしてその動きが、予想外に大規模化した時に、当該政府は群衆へのコントロール能力を維持し続けることができるのか。もしも、一時的にせよコントロールを失うことがあればどのような事態に発展することになるのか。このように、「アラブ人スマートモブ」に関する疑問は尽きるところがない。
そして、政府の対応いかんによっては、多大なる政治的ダメージを被る可能性も十分にある。携帯電話やインターネットといった新しいICT、さらにはそこに出現したSMSやSNSといった新しいサービスは、アラブ諸国政府に新たな悩みの種をもたらし始めているのである。

