本の発売に先立って「翻訳自由」宣言をする

河野 この度『シリコンバレーから将棋を観る 羽生善治と現代』という非常に面白い本をお書きになられましたが、まずお伺いしたいのは、この本が刊行されてから約1カ月のうちに起こった驚くべき出来事についてです。

シリコンバレーから将棋を観る 羽生善治と現代』梅田望夫著、中央公論新社、1300円(税別)

 この本の発売は4月25日でしたが、その直前に、梅田さんは自らのブログで「この本は誰が何語に翻訳してウェブ上にアップすることも自由*1」と宣言なさいました。すると、すぐさま21歳の東京の大学生が、「この本を丸ごと英訳しちゃえばいいんですね?!*2」と応じてきてウェブ上で仲間を募りました。たちまち10人以上のメンバーが集まり、5月5日にはなんと英訳の第一稿が完成しました。この間、約2週間です。英訳版はウェブ上に公開され、いまでは欧米の有志も加わってブラッシュアップ作業が続けられています。また、それとほぼ時を同じくして仏訳プロジェクトも開始されました。英語版が公開された後は「英語からフランス語への重訳なら自分にもできる」というので、将棋ファンのフランス人も仏訳作業に参加しているようです。驚嘆するのは、この仏訳プロジェクトのリーダー(20代後半の社会人だそうですが)の圧倒的な行動力です。英語版が完成した後は「英語圏以外の全世界へのアプローチは自分に任せろ」とばかり、世界中の政府機関や将棋に関わる団体、愛好者に200通近いメールを送りました*3。すると、スウェーデン、オランダ、フィンランド、コロンビアの4カ国から反応があり、スペイン語訳とポーランド語訳のプロジェクトが始動しかけているそうです。

 おそらくこれからもっと凄い連鎖反応が起きてくると予想されますが、こうした動きがわずか1カ月の間に、しかも自発的なグループによって引き起こされました。いまの時代を象徴する特筆すべき事件ではないでしょうか。

梅田 確かに今回ばかりは、想像をはるかに超えたスピードで物事が進みました。ウェブ上では、たとえ見ず知らずの者同士でも、興味や志を共有する人たちが協力し合った場合にはとんでもないことが実現する、ということをこれまで度々書いてきましたが、その力の凄さを改めて実感しています。

自ら「オープンソース的協力」の実験台に

河野 本の発売に先立って、「翻訳自由」宣言をなさったのはどういう理由からだったのでしょうか?

梅田 ここ7~8年、自分はシリコンバレーに住みながら、現在のウェブ進化、情報革命が社会にどういう変化をもたらすか、ということを日本人に向けて伝えてきました。3年前に出した『ウェブ進化論』はその集大成であり、その時点での僕の願いとしては、英語圏のネット空間で展開されつつある良きことがやがて日本でも起きてくれるといいな、ということがありました。ところが、とても残念なのですが、現実には日本のネット空間はそういう方向には発展しませんでした。

 例えば、インターネットが社会にもたらしたインパクトのひとつに「オープンソース」という考え方があります。これは元々ソフトウエア開発に端を発した概念なのですが、いまやそれにとどまらず、世の中をより良い方向に導くと思われるテーマがネット上で公開されると、そこに無数の知的資源が集結して課題を次々に克服していくといった可能性を含む、より広い応用範囲での思考や行動原理を意味しています。

*1 http:⁄⁄d.hatena.ne.jp⁄umedamochio⁄20090420⁄p1
*2 http:⁄⁄d.hatena.ne.jp⁄umedamochio⁄20090429⁄p2
*3 http:⁄⁄d.hatena.ne.jp⁄yoshihisa_yamada⁄20090517⁄1242516400