世の中の印象としては、三菱自動車工業(以下、三菱自工)も、日産自動車と並んで「EV」を事業の核として前面に押し出しているメーカー、となるのだろうが、その事情はかなり異なる。
自動車メーカーとしての三菱自工は、長年にわたって経営面では困難に直面し続けている。もともと総合自動車メーカーとして自立してゆくのには難しい規模であり、1970年からクライスラーと提携を続けていた。しかし弱者同士の協業で相乗効果は薄かったと言わざるを得ない。欧州ではボルボと小規模の協業(オランダでの共同生産、大型商用車に関する提携)も行うなど、様々な模索も続けてはいた。
その状況が変化したのは、まずクライスラーがダイムラーと合併し、そして2000年にそのダイムラー=クライスラーと資本・技術提携した時である。ユルゲン・シュレンプ氏の采配によって世界に君臨する企業となることを求めたダイムラーが作った世界自動車企業グループの一員となり、事実上その支配下に入ったのだった。
しかしダイムラーの「世界支配計画」は瓦解し、2003年には大型商用車部門をダイムラーに渡す形で「三菱ふそうトラック・バス」として分離。2004年には再び自力で「生きてゆく」道を考えるしかなくなった。
2005年に再生計画を発表する一方、ダイムラー(この時はまだダイムラー=クライスラーだったが、2007年にクライスラーを売却する)は、保有していた三菱自工の株式を全て売却する。
EVを前面に打ち出す選択肢は「あり」
かくして年間の生産・販売が100万台規模の乗用車専業メーカーとなった三菱自工が、どうやって自立を続けてゆくか。世界自動車産業の中では生き残りに様々な難しさが予想される企業規模であり、製品群の属性なのである。
欧州ではプジョー・グループ(プジョー、シトロエン)との間に個別モデルのOEM供給などの協業もスタートしてはいるが、そのあたりもこの先どうなるか、確実なところはなかなか見えてこない。
そうした中で、プロダクツに1つの「エッジ」を立てることが意味を持つ可能性はある。「MITSUBISHI」という企業とブランドにとって、そのエッジ、つまり1つ「尖った」資質を見せるものとして「EV」を前面に立てる。この選択は十分に「あり」だと、私は考える。