どこの国を訪れてもその国の流儀がある。それが北朝鮮のような独裁国家であっても、その地を訪れている以上、物事を円滑に進めてゆくための因習がある。
金日成への献花から旅が始まる
その1つが金日成像への献花だった。首都・平壌に到着した翌日、ぴったりと寄り添ったガイドと通訳は、どこに行くよりも先に市のほぼ中央に位置する金日成像に向かった。
否応なく連れてこられたと表現した方が正確である。でっぷりとした腹部を強調させた銅像は、市の中央を流れる大洞江を見下ろすように建っていた。
「一礼してから献花してください。北朝鮮に来たのですからお願いします」
半ば強制的な儀式だった。
こちらから国を見たいとの意思で北朝鮮にやって来たので、いたずらに拒否してその後の旅程に支障が出てもいけない。金日成に対する畏敬の念は全くなかったが、彼らの指示に従った。
銅像に結婚を報告に来る北朝鮮のカップル
ちょうど同じ時間帯に、1組のカップルが結婚式を前にして、金日成像に献花しにやって来ていた。深々と頭を下げてから銅像をバックに記念写真を撮っている。
それは彼らにとっての「永遠の主席」である金日成に、真っ先に結婚の報告に来たという印象だった。
新婦は模様の入った深紅のチョゴリで身を包み、新郎はパリッとしたダークスーツに白いネクタイをつけている。物が不足していると言われる北朝鮮にあっては見事な身なりである。
銅像が建立されたのは1972年で、金日成が死去する22年も前のことである。市内で最も目立つ場所に、自身の巨像を建てたのである。小さな胸像ではない。10メートルに達するほどだ。