インターネットは、非民主主義国の民主化を促すか。
これまで、多くの学者・有識者が様々な視点からこの魅力的なテーマについて論じてきたが、未だ誰もがうなずくような「定説」は現れていない。このテーマについて考えるにあたって、情報統制の視点からメディアと政治の関係について歴史をひもといてみよう。

 今や政治学において「メディアと政治」は避けて通ることのできない重要な論点だ。しかし、いわゆるマスメディアが表舞台に登場するのは、20世紀に入ってからのことで、その歴史は意外と浅い。

ラジオと映画が民衆を戦争に駆り立てた

 20世紀初頭に登場した映画やラジオは、第1次世界大終結後の1920~30年代にかけて大衆の圧倒的な支持を得て急速に普及した。当時は教育制度が十分に整っていないために識字率が低く、印刷メディアには限界があったからだ。

 洋の東西を問わず、為政者たちは映画やラジオをプロパガンダのツールとして利用するようになる。第2次世界大戦へと民衆を駆り立てるために、映画やラジオが担った役割は大きい。

 その後、映像(映画)と放送(ラジオ)は融合し、テレビという強力なメディアが出現した。民主主義国、非民主主義国を問わず、現在でも政治とテレビには深い関係がある。特に、非民主主義国家は体制維持のために国営放送を通じた情報統制に余念がない。「情報の制限」と「プロパガンダ的利用」という2つの手法で、国民世論をコントロールしようとしているのだ。

衛星放送が東欧の民主化を後押し

ドイツ人の5人に1人が「ベルリンの壁があった方がよかった」

衛星放送が東欧諸国に西側の情報をもたらした(1989年のベルリンの壁崩壊)〔AFPBB News

 国が情報統制を行うには、国内で流れる情報を政府が一元的に管理するのが効率的だ。このため、非民主主義国では、ラジオ、新聞、テレビなどの主要メディアが「国営のみ」という例も珍しくはない。1980年代までは、非民主主義国の政府にとって、メディアとはあくまでも自らを利するものであって、害のあるものだという認識は薄かった。

 ところが、1989年のベルリンの壁崩壊に端を発した東欧諸国の民主化の過程で状況は一転する。国境を越えて伝わるテレビ電波、特に衛星放送が大きな役割を果たした。

「イラン革命」27周年の祝典始まる - イラン

イラン革命を指導したホメイニ師〔AFPBB News

 1979年のイラン革命では、検閲や情報統制をくぐり抜けて、ホメイニ師の肉声を録音したカセットテープが運動の推進力となった。アラブでも、政府の情報統制をくぐり抜けようとする試みはあったが、衛星放送が与えたインパクトはこれらと比しても絶大だった。

 赤道上空の静止衛星を介して広範囲に情報を降らせる衛星放送は、一国の政府の権限でコントロールすることが極めて困難だ。当初、アラブ諸国では、衛星放送の受信装置の設置を取り締まっていたが、実際には厳格な運用は困難で、都市部を中心に政府黙認の形で衛星放送は急速に普及していくことになる。結果として、現在では、かつて衛星放送を違法としていた国であっても、現状を追認する形で衛星放送を合法とせざるを得なくなっている。