真宗説教に「拍手」なし

 上の原稿で触れた佐々木伸麿師については、西山郷史師の紹介が出ていました。

 西山先生にも大変お世話になりましたし、石川県かほく市の佐々木先生のお寺「正誓寺」では、床下に入らせていただき、真宗寺院音響建築の本質を見つけるご縁をいただきました。

 本当に大切なご縁なのですが、2011年の震災前後から、しばらくのご無沙汰となっていました。

 そこにもってきてコロナ禍、そして2024年の能登震災、かつて泊めていただいた廣陵先生の満覚寺も被災し、現在は滋賀県のお嬢さんのお家に先生も奥さまの和子さんも避難しておられます。

 和子さんのお父上、茂利宗玄師も、弟さんの茂利真正師も名説教師として知られ、小沢昭一さんのフィールドワークに録音が残っています。

 そこには高座の上からの説教と同時に、それに「ウケる」無数の門徒の声が聴こえます。

「なんまんだぶなんまんだぶ」「なんまんだぶ」「なんまんだぶ」

 真宗説教に「拍手」はありません。門徒は、お説教が心に響いたら「なんまんだぶ」と静かに「六字」の名号を唱える。

 これを「受け念仏」といい、今現在でも芸人がギャグを発して、お客に「受けた」とか「受けなかった」という表現に残るくらい、話芸の本質と一体化しています。

 つまり「ウケるお客」がいて、そうした無定形の大衆が支えて、こうした至芸というべき高座が伝えられてきた。

 2024年の震災で、破壊的だったのは、「お寺は大丈夫やったけど、門徒がおらんようになって」、町全体が無人になってしまったこと。

 つまりお説教を「ウケて」くれる真宗門徒全体が避難して、誰もいなくなってしまったことが一番の痛手だと、廣陵先生も奥様もおっしゃいます。

 能登復興への道のりはいまだ遠く、完全に元通りにはならないかもしれません。節談も能登の「受け念仏」でウケられることは少なくなりました。

 しかし、地域を越え世代を超えて、ウケてくれる人がいることで、伝承の灯は守られていきます。

 いま、家康が作った東西本願寺の垣根を、廣陵先生の説教が越え、新たな橋を架けられたように、いま分断の中にある地域に、端的には能登の多くの共同体に、新しい架橋が成立することを心からお祈りいたします。

西本願寺での廣陵兼純師(2026年1月11日、筆者撮影)