ゴゾ島のジュガンティーヤ神殿 フリッツ写真, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons
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(髙城 千昭:TBS『世界遺産』元ディレクター・プロデューサー)

高度な文明を残し忽然と姿を消した“長頭族”

 1996年4月、TBS「世界遺産」は第1回「マチュピチュ遺跡」(ペルー)で放送が始まり、私はディレクターとして、「フェズ旧市街」(モロッコ)・「バレッタ市街」(マルタ共和国)・「ナポリ歴史地区」(イタリア)の3本撮りで、1カ月ロケに行くことに決まった。当時は「世界遺産」という言葉さえ聞いたことが無く、また、マルタという国の存在すら知らなかった。ハンフリー・ボガートが私立探偵に扮したミステリー映画の傑作「マルタの鷹」で、かろうじて聞き覚えがあっただけである。

 世界遺産「バレッタ市街」(登録1980年、文化遺産)は、自分の知っている“街”の概念をくつがえす城塞だった。地中海に突き出した岬は、丸ごと軍艦の舳先のようで、岩盤から切り出した蜂蜜色の石灰岩を積み上げ、碁盤目状に一分の狂いもなく4~5階建ての石造ビルが林立していた。16世紀に聖ヨハネ騎士団が、ロードス島から敗走して島に逃げ込み、オスマン帝国の襲撃に備えて街を建設したのだ。ここなら、騎士団から伝わる謎の秘宝・マルタの鷹が隠されていても不思議がない。

世界遺産に登録されているバレッタ市街 マンディ88, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons

 世界遺産では、迂闊に“謎”というキャッチで表したくないが、マルタは「謎が眠っている島」だ。そんな事実を突き付けられたのが、再度2007年に島を訪れ、首都バレッタではなく世界遺産「マルタの巨石神殿群」(登録1980年、文化遺産)を取材した時だった。

 地中海のほぼ中央に位置するマルタ共和国は、3つの島(マルタ島・ゴゾ島・コミノ島)から成る。そこに約30基の巨石神殿が確認され、初めての本格的な神殿ジュガンティーヤは、築かれたのが紀元前3600年にまで遡る「世界最古の巨石建造物」だという。エジプトの三大ピラミッドや英国のストーンヘンジより、優に1000年以上も古い。最大50tもの巨石を積み上げ、クローバー型に5つの部屋を配置して、高さ8mに達する外壁で覆っている。かつてはドーム状の屋根で葺かれていたと聞く。

 加えてマルタ島には、石灰岩の大地に「カートラッツ」と呼ばれる轍(わだち)が縦横無尽に走る。どこまでも並行の2本の溝で、誰が何のために作ったのか全く不明なのだ。巨石を運ぶために使ったソリの轍とされるが、神殿建設は、車輪が発明された古代メソポタミアのシュメール文明より前のことである。車輪はまだない。カートラッツは、海中にまで数kmにわたって伸びているらしい。2本の溝は海に向かって消えていたり、鉄道レールの如く分岐したりするが……巨石神殿の回りには残されていない。

 そして最大の謎は、遺跡から発掘された6体の人骨。その頭蓋骨が、現在マルタで暮らしている人々と完全に異なり、長い頭をしていた。彼ら“長頭族”は、マルタに巨石文明を残して、紀元前1800年頃に忽然と姿を消したのだ。