出征が決まった豪、思いを伝えらない蘭子
豪の壮行会が開かれたのはそのあと。豪は地味で質素な男なので、宴の主賓になったのはおそらく初めてだろう。それが出征によるものなのが悲しい。
『あんぱん』で見事な演技を披露している若手実力派俳優・細田佳央太(写真:時事通信フォト)
豪の両親はともに他界している。飾り気のない豪の挨拶には朝田家への深い思いが込められていた。
「こんなワシを家族同然に可愛がってくださった朝田家の皆さん、ホンマにありがとうございます。その恩返しが出来んと、兵隊に行くことだけが心残りです」(豪)
豪にはほかにも大きな心残りがあった。ずっと心を寄せている朝田家の次女で郵便局に勤務する蘭子(河合優実)に思いを打ち明けられずにいた。蘭子もまた豪を好いていたが、やはり口には出せなかった。
豪は宴を抜け出し、秘かに出発する。朝田家の面々に見送られると、別れが辛くなると考えたのだろう。だが、豪の姿ばかり目で追い掛けていた蘭子は気づき、走って追い掛けた。
「豪ちゃん、豪ちゃん! 豪ちゃんは足が遅いき、タマに当たらんか心配や」(蘭子)
なぜ、豪の足の遅さを指摘できたかというと、パン食い競走で圧倒的にビリだったから。中園脚本が積み重ねであることを表す幕だ。蘭子は続けた。
「きっと戻ってきてよ。きっとじゃなくて、絶対や」(蘭子)